恋の人、愛の人。


「じゃあな、…大丈夫か?」

「はい、有り難うございました」

うちの前で下ろして貰って帰る車を見送った。
お昼に戻って来た。
陽佑さんは従業員は有給で休みにしたって言ってた。俺の都合だからって。

んー、金曜の昼間って、何だかドキドキする。
みんな仕事してるっていうのに。サボっちゃった。

部屋に上がった。

…あ、…一瞬、黒崎君なんじゃないかと思った。私の部屋の前に立つ人なんて黒埼君しか居ないと思った。
立ち姿の綺麗な長身の紳士が立っていた。部長だ。

「あぁ…お帰り」

「部長…どうして…」

答えながら早足で歩み寄った。
…どうしてではない。私のせい。

「昼頃には居るって言ってたから、予定の会議に出ず、抜け出して来てしまった。…有り得ないだろ、ズルをしてしまった。良かった…、来た甲斐があったよ。やっと会えた」

やっとって言っても、水曜の夜には会ってるのに…。そうだ…私の事を心配してくれての事だから…。やっぱり電話でも完全に安心してはくれなかったんだ。

「大丈夫だって何回言われても、声を聞いても、こうして顔を見るまでは心配だった…梨薫。私には話した責任がある…」

ズキッ。…部長。梨薫って。……やっぱりそうだった。

「抱きしめたいんだが構わないかな。安心させて欲しい…」

あ。もう抱きしめられていた。…急に脈が早くなった。

「ふぅ。…本当にすまなかった。もっと昼間とか、休みの日とか、時間も曜日も考えて話せば良かったのに。思慮が足りなかった。…すまなかった。私が悪かったんだ。すまない」

更に抱き込められた。

「あ、あの、いいんです。本当に大丈夫ですから。部長は何も悪くないのですから」

いつ聞いていたとしても、こうなっていたのが結果だ。

「いや、君の瞼を腫らせてしまった原因は私だ…随分…夜通し泣いたんだな…」

「それは…泣いたのは私の勝手ですから」

「いや、私が悪い、私の配慮が足りなかったんだ。色々と焦るばかりに…もっと慎重になるべきだった」

「私が理由を知って……稜との事、何も気づけなかった事が悔しくて情けなくて…でも、もう…ちゃんと終わりにしなくちゃと思って、結果、泣いてしまったんです。だから部長は悪くないんです」

「いや、私が悪い」

…。これでは埒があかない。

「では、部長が悪いです。…これでいいですか?気が済みますか?
だから、もう、謝ったりだとか、責任だとか、何か負い目に思わないでください。私はちゃんと稜と別れていました。そして事実を知って…ちゃんと自分の人生を生きないと、きっと叱られるから。だから、もう大丈夫なんです」

「…梨薫。はぁ…ごめん、本当にごめん」

「…部長」

頭を押さえるようにしてギューッと抱きしめられた。
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