恋の人、愛の人。

今更だけどサッシを開けにベランダに行った。少し離れて居た方がいいと思った。それに部屋の空気は一日居ないことで温く淀んでいた。

部長が珈琲を飲み終わって立ち上がった。あ、上着。慌ててハンガーから外した。

「…どうぞ」

「ん、…有り難う」

後ろから上着を広げた。部長は腕を通して着ると肩を動かし前を整えボタンを掛けた。


玄関に向かう後をついて行った。あ。
靴べらを取り出して渡した。

「どうぞ、使ってください」

「ん?あぁ、有り難う」

履いて終わった靴べらを受け取った。

「では、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃいませ」

…。

「…あ」「あっ」

…。

「…何だか…すまん、行って来るなんて…」

「いえ、私も何だか…すみません」

つい…普通に…奥さんが送り出すような真似をしてしまった。

「梨薫…反って迷惑をかけたね」

あ、とても、ズキッと来た。呼び捨て?…キスのこと?お昼ご飯のこと?

「あ、は、は、い、いえ」

「行ってくるよ」

え?…あ、これは。うっかり言ってしまったとは違う、改めて言って欲しいという事なのかな。

「…行ってらっしゃいませ、…気をつけて」

「ん」

引き寄せられ抱きしめられた。

「え」

「はぁぁ…有り難う。帰ったばかりのところを、気持ちも考えず、バタバタさせて悪かったと思ってる。…色々すまなかった。もう少し、理性を保てるよう、次からは気をつけるよ」

部長…。次って…。

「私を好きになって貰うには…やはり近すぎるかな…」

部長は稜の親友だから…だから…一番稜を知っている人…。稜を思い出してしまう人…それを気にして。
言われた言葉から俯いて考え事をしていた。…ん?!
下から唇が触れ重ねられた。強く抱きしめられた。

「またすまない。はぁ…こんな、気の利いた事ばかりされて…既に勘違いしてしまいそうだ。君のこの無意識の行為が、時に人を困らせる事、覚えておいて欲しい。…では、行ってくるよ。…昼間でも鍵はちゃんとするように…梨薫…」

あ、…。顎を掴まれまた唇が触れた。…あ、…はぁ…。

部長…凄い集中的な破壊力…。何ですか…急に立て続けに攻撃して来て…。謝れば、していいと?
…はぁ。……心臓がもたない、どれだけドキドキさせるつもりですか。
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