恋の人、愛の人。

「そんなつもりはなくても相手に誤解を与えてしまう事をするから。
それは好意を持っている人間からしてみたら期待してしまうし…、もっとその先も、と、希望を持たせてしまうんだよ。
…まあ、今の私の立場では、黒埼と何があっても言えないが」

「誤解というか、そういう風な態度をとってしまう事…否定は出来ません。つい最近も、…それは初めから解っていてですが、言って、甘えてしまいましたから」

…。

部長が腕時計をちらっと見た。

「そろそろ帰るよ。そのままでいいから。見送りもいい。ご馳走になった、有り難う。
おやすみ」

部長は掛けてある上着を取ると腕に掛け、玄関に向かった。

…あ。…。

ゴトゴトと靴を履く音がしている。
カチャ。ドアが開いた。
カ、チャ。閉まった。
…帰った。

…後片付けをしよう。あ、…先に鍵をかけておかなきゃ。

カチャ……おやすみなさい。

カップを運び、さげてくれていた食器を洗う事にした。
作り置きの物ばかり…綺麗に食べてくれていた。
水を出し、流しながらスポンジに洗剤をつけて泡立てた。

…。

部長だから顔色は変えていなかった。だけど、…態度では現していた。
上着を着る事を手伝う事も、靴べらも…見送りも。
気の利いた事をしているだけとは取らずに、今は…、気が無いのなら、そんな事はする必要は無いという事だ。
思わせ振りな態度に繋がるから。だから、淡々と帰って行ったんだ。

あんな話をしたのでは…呆れられたのだと思う。あちこちでいい顔をしていると…。

少なくとも、好きだと言われている人に、はっきりと返事もしていないままに、ふらふらと自分に都合のいいようにしているんだから。
私は随分…調子がよすぎる。
< 160 / 237 >

この作品をシェア

pagetop