恋の人、愛の人。


土曜に黒埼君からメールが来た。

【今から行っても大丈夫ですか】

いきなり来たりしないんだ…。

【大丈夫です、居ますからどうぞ】


暫くして黒埼君は手土産にモンブランを持ってやって来た。
珈琲を出す時、一緒に食べるか尋ねたら、いいと言われた。

「…梨薫さん…俺、すみません。弟だっていう事は会社に入った時だって直ぐ言えてたんです。貴女がつき合っている蔵下稜の弟なんですよって。
兄貴が俺の事、梨薫さんに特に言ってなかった事もあって言いませんでした。その頃は、…俺は俺だから、兄貴の弟だって、そういう目でというか、思われたくなかったんです。
それから、兄貴が病気で、どんな理由で終わらせたのかも知っていたけど、…兄貴との約束だったから何も言えませんでした。…すみません。本当にすみませんでした。
あんな風になるなら、お別れだって言いたかったかも知れない…。そんな単純なモノではないですよね、…目茶苦茶葛藤しました。
知ってしまったら…あ、いや、…会社で何となく元気がない日がずっと続いていて、それは兄貴と別れたからだって直ぐ解りましたけど。その上に、もうすぐ死ぬんだとは言えなかった。
約束だったとはいえ、兄貴が死んだ時、話していれば、最後に、……顔を見て、送る事は出来たのにって…すみませんでした」

「ごめんね」

「…え?」

「黒埼君が弟だって事は部長から聞いたの。先に知られたって、嫌でしょ?多分こういう事って、自分からタイミングで話したかっただろうと思うから。
それから…、稜の頼みだった事、ずっと守ってくれて有り難う。
私は稜から聞いたとしても、直ぐ黒埼君から聞かされたとしても、乗り切る事は出来なかったと思うの。多分、稜の後を追っていたと思うから。…それって駄目でしょ?稜が望んでない事だから。
…だから、3年の約束?…話さないでいてくれた事…、今だから、稜が死んでしまった事、受け止められたと思う。
認めたくは無いけど…、居ないって事がまだ信じられないもの…でも、夢じゃ無い、これは事実だから…そうなのよね」

あぁ…梨薫さん。…もどかしい。凄く抱きしめたいです…。

「…あの、墓地は、〇〇霊園です。解りますか?」

「え?あ、うん、聞いた事がある知ってるところだし、大丈夫。花は?駄目なところだったっけ。生花は置いてきては駄目なところもあるでしょ?」

「はい。お供え物もですが、持って行ったら持ち帰らないといけないんです」

「そうなのね。造花なら大丈夫よね?」

「はい、大丈夫です」

「…うん、有り難う」

「あ、俺、一緒に行きましょうか」

「ううん、一人で行きたいから。…有り難う、ごめんね」

「いいえ、そうですよね。…二人っきりの方がいい、解りました。
あの…俺…、梨薫さんが兄貴の恋人だって知った時から…、その頃からずっと好きだったんです。だから、別れて寂しい時に付け込むような事はしたくなくて…だから好きでも今までずっと我慢して、言えなくて…、兄貴が元気な時だって、兄貴から取るような事も出来なくて。…実際奪うなんて無理な話でしたけど。
兄貴に見せられた写真も、教えてもらった二人の話も、全然隙なんてなかったから。あれは兄貴がわざと沢山俺に話したんだと思ってます。俺には入る隙なんて無いぞって。
兄貴は凄い大事に思っていたし…梨薫さんも…兄貴しか見えてなかったし。…最高に仲が良かった、ずっと」

…黒埼君。
< 161 / 237 >

この作品をシェア

pagetop