恋の人、愛の人。
「でも、…どうして」
「どうして?」
「はい。部長は私のいい加減な都合のいい態度に呆れて…私は調子がいいから…もうそんな事は…」
「誰が嫌いになったと言った。
ちょっと待ってくれるか」
部長が電話を取った。
内線を鳴らしているようだ。
「晴海だ。…ああ、おはよう。
課長はもう出てるかな?…では、伝えてくれないか。
武下君は、今日の私の訪問先に同伴して貰うから、借りるとね。…ん、そうだ。頼んだよ。
よし、これで大丈夫だ」
ちょっと、何を言ってるんだか、全く意図が解らない。
「え、あの、今のは一体どういう事なんでしょうか」
「職権濫用?昨日、会えなかったから」
…。陽佑さんといい、部長といい、似たような強引な事をする人達だ。
「私、これでは完全に部長と何か関わりがあると思われてしまいます」
「そうだな」
そうだなって、部長だって同じ事…。
「部長の訪問先に私が必要な訳がないですから。電話を受けた子だって、きっと可笑しいと思っています」
バッグの中で携帯が震えているから、きっと内線を取ったのは桃子ちゃんだ。
「私には必要だ。…梨薫」
…ズキッ。
「…昨日はまた泣いたのか」
「はい。…今度こそ、これっきりにするからって稜に約束して」
「どうして、そう無理をするんだ」
「え?でも…」
「私の言う事も大概矛盾しているとは思うけど。
強くなりたいというのなら自然体で強くなって行けばいい。
もうこれで泣かないなんて決める事が、無理をしているんじゃないのかな?勿論、そうしたい気持ちもよく解る。稜を思うからだ。
では、何かをきっかけにまた泣きたくなったらどうする?決めたからって、堪えられるかな?」
「それは…でも、もう、…深く落ちて泣く事はありません。少しは涙が滲む事くらい、…あると思います。
それは」
「やっと、何もかも解って、かみ砕いて、終わったばかりだから」
…。
「はい」
「では、外に出よう」
「え?」
「同伴だと言っただろ。行くぞ」
部長…行くぞって。