恋の人、愛の人。
下に下りて堂々と歩く部長の後ろについてエントランスを進み、受付の前を通り過ぎた。
外に出て裏手に回った。会社の駐車場に入るようだ。何故、わざわざ一回玄関から出たの?…。
地下に下りた。部長の車だ。
「乗って」
ドアを開けられた。
「会社の車では…」
「四の五の言わずに乗りなさい」
…これってやっぱり職権濫用だ。乱暴にではないけど強引に乗せられた。つまり、抱え上げられて、すとんとシートに座らされた訳だ。
シートベルトまで引き出して嵌められた。
…。
ドアを閉めたら、回り込み、即、運転席に乗り込みエンジンをかけ走り出した。シートベルトを引いて差し込んだ。…早。
「はぁ、…さて、と、どこに行こうかな…」
ハンドルを切りながら駐車場を出た。
「え?部長の今日のスケジュールは、訪問先はどうなっているのですか?」
「そんなものは無い」
「え?はい?あ…すみません…。てっきり、訪問は訪問して、私は待っているものだと思っていました」
「行く先々で君を車に残して?」
「はい」
「そんな事はしない。そんな事をするくらいなら本当に同伴させるよ。
今日のサボタージュは、訪問先には昨日の内に断りを入れてある」
「昨日!…あ、すみません…」
日曜の内に直接断りの連絡を?…どんな段取りをしてるの…。これは計画的…。
「だけど…どこで何をしようかまでは決めてなかった。…どこに行きたい?」
隣から手を伸ばされ、頬に当てられた。…え。
「聞かれても、行きたいところなんて…急には思いつきません」
「そうだな。では、暫く走ろうか。一先ずドライブだ」
…え、…こっちに行ったら高速に。簡単には下りられなくなりますよ?
「部長…」
「行き当たりばったりというのも楽しいぞ?」
信号で停まった。シートベルトを素早く外して上着を脱いだ。後ろに投げた。またシートベルトをした。
信号が青に変わった。アクセルを踏む。
部長って、俊敏…。
「うん?まだまだ動けるぞ?」
多分している事、じっと見てしまっていたんだ。
「あ、…すみません」
何だか…気になって、じたばたして後ろに手を伸ばした。
「何をしている?」
聞こえていない訳じゃない。必死だから直ぐに返事が出来なかっただけ。
投げて塊になっていた上着にやっと手が届いた。
ちょっとした事なんだけど気になった。
二つに折り合わせて、半分に畳み、また身体を伸ばすようにしてシートに置いた。
「すみません、気にしないでください」
「…はぁ」
…あ、部長の溜め息。また私はやらかしてしまった…。
「すみません…余計な事を勝手にしてしまいました」
「いや、違うんだ…はぁ、全く…私は」