恋の人、愛の人。
猶予は一カ月と決めた。
それが長いのか短いのかは解らない。
敷金礼金が発生するとして、諸々を考えたらお給料日までは不自由になるんじゃないのかと私が勝手に思ったからだ。不測の事態に備えてちゃんと預金はしてあるのかも知れないが、それはそれだ。
最初が肝心。
好意があると言ってる人間と、何事もなく暮らせるのか…無理な話ではある。
鍵は渡す事にした。部屋代を三分の一負担して貰う事にした。
部屋数がある訳ではないから、自分の部屋から布団を持って来て貰う事にして、私のベースはベッドルーム。黒埼君のベースはリビングにして貰った。後は特に決めていない。
お互いが別に暮らしている感覚でいようという事にした。つまり、生活の何にも干渉しないという事だ。
黒埼君は早速土日で身の回りの物を運んで来た。
布団以外は普段着やスーツといったところだ。
朝、必然だが一緒に部屋を出る。
私は朝ご飯を食べるが、黒埼君は睡眠を優先する。水と珈琲を飲んでから出勤するようだ。
洗面台に青い歯ブラシがあったり、ドライヤーをしまう棚に髭剃りがあったり、目にする物に明らかに変化はある。
二本並んでいる歯ブラシを見て密かに喜んでいるのは言うまでもなく黒埼君だ。
夜、珈琲を飲んだ後のカップを洗って、二つ並べて伏せてあるのもいいらしい。
何となく上手く暮らしている。…と思う。
そんな私達の生活ぶりは誰も知らなかった。
あんなに通っていた陽佑さんのバーにも最近は足が遠退いていた。困ってるって話しておきながら。警戒して、散々気に掛けさせていた男を泊めているなんて、簡単には言えもしないよね。