恋の人、愛の人。
俺が風呂から出ると交代で梨薫さんが風呂に行った。
静かだから、何気にお湯を使う音が聞こえたりする。
何となく、漠然と、今シャワーしているとか、髪を洗っているとか考えてしまう。今…浴槽に入った、とか…。
……想像はしない方がいい。…辛くなるだけだから。
クンクン…。不思議なもので、俺だって同じボディーソープを使っているのに、梨薫さんが風呂上がりに通り過ぎるといい香りがするんだよな。
多分、以前から早寝する人ではないと思うんだ。
だけど、俺がリビングを占拠しているから、そこそこの時間には寝ようとするのだろう。本当はもっとここで起きていたいはずなんだ。
だから、今夜、DVDが観たいと言われた時、何となく、敬遠されてないみたいで嬉しかった。ま、単に観たかっただけだろうけどな。
俺は別に、自分が布団に横になっていても、遠慮しないで、毎晩起きたいだけ起きて貰ってる方がいいんだけど。
直ぐ近くで男が居て、座ってるっていうのは、そこはやっぱり気を遣うか…。無言でいる訳にもいかなくなるか…。
「…ふう」
あ、出たみたいだな。
「黒埼く〜ん?なんか飲む〜?」
前屈みに冷蔵庫を覗いているようだ。声が少し籠もっていた。
「いいですよ俺の事は別に、自分でするんで」
「ついでよ、ついで。お水にする?…それとも、…んー、麦茶?
私はね珈琲入れるけど」
まだ頭にバスタオルを巻いている。
「じゃあ、俺は梨薫さんで」
「はい。珈琲ね」
「ちぇ…。また受け流しましたね」
ジャーッとやかんに水を入れ、火にかけていた。
「だって、…ね。あ、アイス?ホット?
私はね、熱いのにするけど」
カチャカチャとカップを出して珈琲を掬って入れていた。
「俺は梨薫さんで」
「はいはい。熱いのね。あ、アイスクリーム食べる?」
また冷蔵庫に移動した。
「…次々と…忙しい人ですね。俺は…」
「ストーップ。私って言うのはもう無しよ?
アイスは分けてあげるから選り好みは無しよ?」
「俺は…梨薫さんで…」
やっと辿り着いた。
「ぁ…また、も゙う。だるまさんが転んだでもしてるの?…」
リビングから、少しずつだ。こっちに背を向けている梨薫さんに近づいていた。
そして、今、アイスクリームを取り出し、カップの前でお湯が沸くのを待っている梨薫さんの後ろから腰に腕を回したところだった。