恋の人、愛の人。
ん…同じ。ボディーソープの香り……稜。…あ、違う…。馬鹿、何を考えたの。この腕は黒埼君よ。勝手に時間を止めては駄目なのよ。
シュンシュンと注ぎ口から蒸気が上がり始めた。
「ちょっとー…これは駄目、こういうのは駄目よ。お湯、入れるから。熱いから危ない。手に飛び散ったら大変だから、引っ込めて」
「大丈夫…危なくないようにしてます」
…?……こんな時って誰もが同じような事を言うのね…。言ったところで解こうとはしない、か。
「…だからって、駄目。うっかりかかる事もあるから。退けて」
それでも解かない。…はぁ。仕方ない。ゆっくり、撥ねないように気をつけて注いだ。お陰で珈琲の香りが凄くたった。インスタントだけど……いい香り…。
「…はい。自分の分は、自分で持って行って」
溢れない程度で力強くカップを差し出した。仕方ないかって感じで受け取った。だけど直ぐ置いた。
「黒埼君?」
「…もう少しだけです。…暴れたら、カップの珈琲、倒してしまいますよ、やけどしたら大変だ。だからじっとしててください」
…はぁ。背中に胸の鼓動を感じる。腰に回していた腕は首に回され、顔の横に顔がくっついた。……だから…、こんな風にされると…体温とか感じてしまうし、ドキドキしてしまうでしょ…こんなの…駄目なのよ。約束違反よ。
「3、2、1、0。はい、おしまい」
「げっ。何ですか、いきなり。カウントダウンにしたって短い、早過ぎますって。せめてテンカウント、駄目でも5からにしてくださいよ〜。3からって…」
「もう充分でしょ?先に抱いてた分もあるんだから」
「それはそれでしょ?カウントダウンするなんて聞いてない…」
「言ってないから。駄目よ。契約違反よ?でしょ?」
「…梨薫さん、…」
「はい。鑑賞する時間ですよ~。離れて離れて」
「ん゙ー…駄目だったか…」
ふぅ。軽いんだか、わざとふざけてなんだか。…フフ。雰囲気作り?それなりにスキンシップを取りつつ、距離を詰めようとしてるつもりなのかな。
でもね…危ない危ない。こんな…部屋で、ちょっとそんな雰囲気になったら危ないっていうのよ…。その気にさせては止められなくなるんだから。何せ、彼は血気盛ん、…若いんだから。危ないのよ…。
…駄目って言って、何とかくい止めようとしている自分もよく解らないけど。人を好きになる事に支障はないはずなんだけどな…。
多分、このブレーキは…年下に行く事がどこか恐いと思っているからだと思う。冗談でも冗談にはできない部分…現実に、ある程度の年数つき合って…ごめんって言われたら……。
黒埼君の“元彼”ではないけど、黒埼君だってまだ結婚も考えない…遊びとは言わないけど、恋愛を楽しむだけなんてつもりかも知れないし。先を考えてなんて、そんな話から始めたら、きっと重いはずだから。
私自身がブレブレ…恋する事に迷走しているのは確かだと思う。したくないのなら無理なのよ。よく解んない。