恋の人、愛の人。
「そういう言われ方は…何だか…」

嫌だ。めでたしめでたし、なんて…。

「別に、問題なく上手くいってるんだろ?」

「…はい」

そうだけど。

「だったら、めでたしめでたしでいいだろ。そこに別に意図はないつもりだけど?」

…なんか変。…棘がある。

「あ、…これ、遅くなりましたけど、バスタオルです。有り難うございました」

何だか…これだけでも早く返しに来ていれば良かった…。黒埼君の事を話すついでにしてしまったようで。…感じが悪い。


「…何か飲む?」

「…あー、では、アルコール抜きで何かお願いします」

「ん」

…何となく、ほんの少しでもお酒の匂いをさせて帰りたくないと思った。黒埼君が居るのにほろ酔いで帰るのか、酔って帰る事は隙を作ってしまう、そう陽佑さんに思われたくない。


「…はい。モスコミュール」

「え?違っ、駄目です」

「の、ウォッカ抜きだ」

「あ、はい…有り難うございます」

ジンジャーエールが飲みたいと思っていた。…伝わったのかな。

「今、甘ったるいのは嫌だっただろ?だから、これ。これも少しは甘みが足してあるけどな」

あ。…。はい、確かに。でもジンジャーエールには違いない。

「…好みって、好きになったら集中的に好きになるみたいです。私、今、ジンジャーエールが好きなんです。…季節柄ですかね…」

「…フ。部屋に帰るのか?」

「…え?はい。はい、帰りますけど」

どういう意味?

「裏の部屋…。使いたけりゃいつでも使うといい…ほら、…これ」

カチッとカウンターに置く金属の音がした。

「使う時は前と一緒だ。
どんなに支障がないと思っていても…飛び出さなきゃいけない時もあるかも知れない。許しあってない男と女が居るんだからな。
そんな時の避難場所だと思って持ってろよ。知らないだろ?黒埼君はここの事。
何かあった時、俺に連絡してる時間はロスタイムになるだろ?時間に寄っちゃ連絡が直ぐつかないかも知れない。
こうして置けば、連絡がつかなくても真っ直ぐここに来れる。
俺は…多分、この、今の梨薫ちゃんの状況の空気は読んでないと思ってる。…敢えてね。
今の梨薫ちゃんにはこれは必要ないはずだから。…そうなんだろ?
まあ…どうしようもない程の喧嘩でもして…、その時の行く場所があると思えばいいさ」

俺の部屋に…来てくれたっていいんだけどな…。
一緒に居る事は嫌じゃない、何となく馴れ合っているようなところ…解ってるんだ。

「陽佑さん…。一応、預からせてください。有り難うございます」

「ん。あ、なくすなよ?」

「…はい。解ってます」

「ん」

スーッと滑らせて手元に引き、握った。
< 61 / 237 >

この作品をシェア

pagetop