恋の人、愛の人。
「武下さん」
あ、黒埼君…。
「ちょっといいですか…」
「はい」
休憩室の手前まで来ていた。
「朝、居なくなってて焦ったんですよ?いつまでも起きて来ないと思って部屋の中探したら居ないし。冷静になってみたら何だか身の回りの物が無くなってたから…。黙って居なくなったら駄目だ、心配するでしょ?
…俺が居て、梨薫さんが出て行くなんて、可笑しな事でしょ?もう…、帰って来てくださいよ。
俺…誓ってあんな事はしませんから」
「黙って出て来てごめんね。……うん、それは解ってる。…私は私で気の済むようにしているだけだから。だから、期限まで…もう、そんなに無いし。気にしないで居ていいから」
だから余計よね、もうそんなに一緒に居られる日は無い、それなのに居られ無い。それでは意味がないと思ってるのは解る…。だけど、一緒に居る事から何か始めなきゃいけない事でもないから。
気持ちは知ってしまったのだし。
「でも」
「私のしている事には気を遣わないで、大丈夫だから。だから、ちゃんといい部屋を探してね?
もういい?仕事、始まるでしょ?」
「…はい。
どこに居るんですか?…大丈夫なんですよね?」
「大丈夫よ。安全なところに居るから」
「…解りました。でも…、何時だって、いつでもいいから戻って来てくださいね」
はぁ。納得の返事ではない事位は解ってる。それ以上聞けないと思った事も解った。
「…武下さ〜ん」
「はい?」
「部長がお呼びです。後で来るようにと。今、内線があったばっかりです」
「え、部長が?」
何?何か知っているのだろうかと課長を見た。私は知らないとばかりに手を横にブンブン振られた。
部長かぁ。何だか久し振りな気もする。
また部長室に行って…災難には遭わないだろうか。どうしても一抹の不安が過ぎるけど。
「ちょっと行ってきます」
「はい」
「課長、部長のところに」
解ってる、直ぐ行きなさいと食い気味に言われた。
私より課長の方がびびっているような気がする。
かく言う私も毎回緊張する。
「では行ってきます」
コンコンコン。
「はい、入りたまえ」
え?まだ名前も言ってないんだけど。いいのかな。
「武下です、失礼します…」
ドアを開けたら直ぐそこに部長が立って居た。
「わっ!」「おぉ、驚かせてしまったね」
「私の方こそ大きな声を出してすみません。あの」
「まあ、こっちに掛けてくれるかな」
「はぁ、あ、はい」
…え?うわ、腰に手を添えられた。
これは…エスコートかも知れないが、こういうのは照れてしまいそうになるし、嫌な相手には腰に触れられるなんてされたくない事だ。
ダンディーな部長だから許されるのかな。
まあ…腰といってもウエストの下辺りの話だけど。