恋の人、愛の人。
「さあ、掛けてくれ」

「はい、恐れ入ります、…失礼します」

回されていた手は離れ、空いていた手で指先を下から添えるように軽く握られた。クルッと身体を回して腰を下ろすまで添えられていた。
来客用のソファーに腰を下ろしたら、沈む事沈む事…。ほぅ、皆さんこういった座り心地のところに毎回座ってらっしゃるのね。なんて思っていた。

「早速だか、聞いて欲しい事がある」

「あ、は、い」

何だか解らないが、話があるみたいだ。余所事だと思っては駄目よね。しっかり聞かないと。

「まず…、妻と離婚が成立した」

「え?」

それは良かったですねとも、言い辛い。私が関わってしまったと言われた事もあるし、これは一応の報告みたいな物なのかな。

「あれから直ぐだった。
それから、私のスケジュールの調整が出来たから、急なのだが君を食事に誘いたい」

「は、い。……え?」

「忘れたのかな?ギフトカードは受け取れないと言ったから、約束したと思うが。
直ぐにではないが、お詫びに食事に行こうと伝えておいたはずだが」

はずだがって言われても。…確かに言われましたけど。

「いえ、忘れたとか、約束とかではなく、お食事なんて、とんでもないです。お詫びなんて本当に必要ないですから」

「武下君」

「はい」

「ギフトカードは要らない、食事にも行かないと言われたら、私はどうしたらいいんだ」

そんな言い方をされてもですね…知りませんよと言いたいところだけど。

「本当に、お詫びのつもりだとおっしゃられるのでしたら、謝って頂いてますからそれで充分なんです。どうかそれ以上のお気遣いはなさらないでください」

「では、何か欲しい物はないのか」

え?欲しい物なんて、ある意味制限なくありそうで、でも、結局、何も欲しいと思わなかったりもする。

「何も要りません」

「はぁ…だったら、やっぱり食事くらいしかないじゃないか。君の好きな物を食べに行こう。何がいい。何が好きなんだ?遠慮はせず言ってくれ」

そんな…言えませんよ。部長の日常の物に私の言う好きな物が当て嵌まるのだろうか。例えば、ラーメンです、なんて言ったところで…ラーメン屋さんに行くのかな。それでは安い、とか言われそう。
…そうだ。

「しいて言えば中華がいいです」

「よし、中華だな。早速、予約を入れておこう。今日の予定は?」

「え?今日ですか?」

「ああ、そうだ。申し訳ないが今日を逃したら、また暫く難しくなるんだ。何時でもいいというなら別だが」

「え?」

はぁ…随分と急な話だ。だけど部長は忙しい中、時間を作ったんだ。一度行けば済む事…、中華ならそんな高価にならずに済むと思うし。

「解りました。確定ではありませんが、今日は定時に終われると思います。そういう日ですから」

「ん、解った。仕事が終わって帰る支度が出来たら、またここに来てくれるかな」

「はい、解りました」

うわ〜ぁ〜、部長にご飯の約束なんかされてしまった。
< 69 / 237 >

この作品をシェア

pagetop