恋の人、愛の人。
「朱鷺田課長。今日は残業無しの日じゃなかったかな」

「はい、そうです。武下君には、どうしても明日必要な物があって、無理を承知で頼みました」

「もう、終わったんだね」

「はい。それはもう、終わりました」

「では、連れて行くよ」

「え?は、はい。武下君、…早く行きなさい」

課長…。恐縮の塊じゃないですか…。

「課長、ではお疲れ様でした」

「お疲れ様。あ。有り難う、申し訳なかった」

…。

「行こうか」

「あ、はい」

部長は私の腰に手を回した。
あ゙、課長の前で、これって…大丈夫?
課長はどう思っているんだろう。わざわざここまで来て、こんなエスコート…。きっと色眼鏡で見ているに違いない。


「部長、申し訳ありませんでした。帰ろうとしていたところに急に頼まれてしまって、それから、その事をお伝えする事をうっかりしていて。
早く済ませる事ばかりに気を取られてしまって。かなりお待たせしてしまい申し訳ありませんでした」

「いや、ベストだよ」

「え?」

「私のところに来てくれと言った時、仕事が終わったらという事だったはずだ。だから、私は、何時になろうと君が来てくれるのを待つだけだったよ?始めからね。…ただ。
まあ、私が焦れてしまったのは確かだけどね?」

あ、…部長。

「あの、もう少しお待たせしてもよろしいでしょうか」

「ん?」

「着替えがまだなので」

身体に視線を落として見せた。

「ん、あ、…そうか。では、こうしよう。着替え終わったら駐車場に降りて来てくれるかな。
私はエレベーターの前で待っているから」

「解りました。なるべく迅速に向かいます」

「うん。まあ、そう硬くなる事はない。普通でいいから、慌てなくていい」

「はい」

はぁ、そうは言われても恐縮してしまう。
廊下で別れてそれぞれ行くべき方へ向かった。

足早に歩いた。本当は軽くでも駆けたいくらい。待たせてはいけない。はぁ…緊張する。こんな事ではご飯なんて食べられないかも。
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