恋の人、愛の人。
…あ。駄目だ駄目だ。エビチリだって、伊勢海老とかで作られちゃうかも…。
「後は適当に注文するが、構わないかな」
どうしよう。でも…。
「はい、私は…よく解りませんので」
構わないかなって言われても、こんなお店で知ったかぶって注文なんて無理だ。
頃合いだと思ったのかそれとも見えないところで様子を窺っていたのか支配人が現れた。
「本日はどのように致しましょうか」
「うん。今日はこちらの女性をお詫びのつもりでお連れしたんだ。頼みがあるんだが、エビチリは作って貰えるだろうか」
「はい。それは大丈夫でございます」
「では、それと、…他には、鮑と比内鶏の土鍋ご飯、海鮮とアスパラの炒め物、小籠包、蟹肉入りフカヒレスープ、と、マンゴープリンでお願いします」
「畏まりました。お飲み物は」
「車なんだ、任せるよ」
「畏まりました」
…はぁ、支配人という人が居ても緊張するし、いなくなったらなったで部長と二人だし…。
「もう会社ではない。緊張しないで欲しいな」
「え?あ、はい」
そう言われてもだ。まるでお見合いの席にでも居るようだわ…。まともに顔だって見られない。
「武下君。梨薫さん、と、呼んでもいいかな?」
「え?はい、どうぞ」
梨薫でも何でも、お好きなように、どうぞどうぞ。…はぁ。
「それだけかな?私の事はなんと呼んでくれる?」
え?
「あの、部長は…部長ですから」
「仕事は離れている。部長も、それから晴海さんも止めてもらいたい」
部長が駄目は、前提だ。苗字が駄目なら希望は名前という事になるのよね。…貴仁さん。わー、無理、無理よ…。
何だか、どこぞの良家の人が呼んでるみたいに聞こえてしまう。
「貴仁で頼む」
さん、なしって事?だから、そんなのは無理です。
「貴仁さんなんて、とんでもない、無理です」
「違う、貴仁だ」
「え?」
やっぱり希望は貴仁、だけ?部長を呼び捨て?いきなり?
今の今まで部長と呼んでいた人を、呼び捨て?
無理無理、おかしいから、余計無理よ。
「無理でも、一度だけでもいいから呼んでみてくれないか」
…どうしてそんな。難題を。
…。
え?今?もしかして呼ばなければずっとこの沈黙なのだろうか。
…。
「…ごめんなさい。…貴、仁」
わー。
言った、言いましたよ。