ふたりの彼女と、この出来事。(旧版)
「ホント耳につきますねぇ、局長の無粋な声は」

と本田君がズレたメガネを指で押し上げた。

「伝言メールで聞いてごらんよ。気になってしょうがないんだから」

と呟いた所長がパッと振り返ってきた。

「ま、ジタバタしててもしょうがないね。さ、行こうか」

と声を掛けてきた所長の顔は、さっきまでと変わらない明るい笑顔。ちっとも堪えてなんかない様だ。





 所長を先頭に僕らは、本館一階にある事務局へと直行した。

「遅くなりました」

と所長が声を上げ頭を下げて中へ進み、本田君、クワン、ミライが後に続き、最後に僕も中へ入った。

(うわっ…)

黒革の立派な応接ソファが置かれた絨毯敷きの室内に足を踏み入れた瞬間からもう、漂う空気が違うのがわかる。

(イヤだなあこの感じ…)

ピリピリとした雰囲気の中、応接ソファにどっかりと腰を下ろした局長の前で、ブツブツと小言をもらいながら契約書を交わして、終わるとそそくさと部屋を出た。

「ふぅ~」

一つ大きく息を吐く所長。と隣りで本田君も溜息をついた。

「ホントいつ来ても嫌ですねぇ事務局って。冷たい感じで」

と俯きがちに首を振る本田君。同感だね。と、所長が本田君の肩をポンと叩いた。

「しょうがないよ。なにしろ予算がないことにはボクらはなんにも出来ないんだからさ。とにかくこれで正式に試験期間がスタートしたんだ。もう何も問題はない。心置きなくやれるよ」

と楽しそうに笑みをこぼす所長。

(予算がないことには、か)

弱いトコロを握られてるのか。辛いね所長も。
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