ふたりの彼女と、この出来事。(旧版)
「私、付き合うの?タカシと」

とミライが横から覗き込むように見つめてきた。

「いやいや…」

とその時気づいた。ミライが僕の事を、『タカシ』と呼んでいる事に。

「その、『タカシ』って呼び方はマズイな、ウン」

学内でそんなふうに呼ばれたらますます怪しまれる。

「これからみんなの前では、僕のことを『先生』って呼んでくれないかな」

と優しくミライに微笑みかけた。

「うん」

返事をくれるときはいつも『うん』と笑顔のミライ。

「そうだな、返事はうんよりもハイがいいかな」

「ハイ。…でいいのね」

と素直に応えてくれるミライ。お酒が入ったせいもあってか、いっそう愛らしく見える。

(…人間だったら文句ないのにな)

とミライを見つめていると、カウンターの中からマスターの手が僕の空いたジョッキに伸びてきた。

「いろいろと、深いご様子で」

とジョッキを下げながらニッコリ微笑んでくるマスター。

「え、ま、まあ…」

きっとマスターの想像とは違う筈だけど、それを言えるワケもない。

(クーッ、何でこんな変な気を遣うハメになるんだよ)

やり場のない憤りが溜息と一緒に込み上げてくるゾ。

「いかがですか、もう一杯」

「…お願いします」

僕はもうしばらく、その店で酔いどれる事にした。
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