Marriage Knot

「ありがとう。それと、副社長、はなしでお願いします。ここは会社ではありませんから。桐哉でいいですよ」

「そんなこと、できません!」

「僕も一人のニッターです。仲間だと思ってください」

目の前の一人がけのソファに腰を沈めていた副社長が、こちらへぐいと体を近づけてきた。二人の距離が縮まる。跳ね上がる心臓を抑えてうつむく私のほおに、副社長はその繊細な指をしたてのひらを当て、軽く自分の方へ振り向かせた。

「いいですか。桐哉、で」

副社長……桐哉さんが低い声でつぶやく。その柔らかなバリトンは耳に心地よく、またなんともいえずセクシーだった。

「わかりました。と、桐哉……さん」

「よくできました」

桐哉さんは形がよくて薄いくちびるをほころばせると、手を私のほおを伝い、髪に軽く触れてふわふわと撫でた。まるで子猫を扱うように。

「あの、それでは始めませんか」

このままでは心臓がもたない。私は、ぎゅっとこぶしを握って思い切って宣言した。桐哉さんはふっと微笑んで、立ち上がるとアトリエの片隅にあるアンティークの重厚な作業机の引き出しから、道具類を取り出してきた。糸の類は私が選んで持参したので、彼の手にあるのは編み針だけだ。

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