Marriage Knot
「それでは」

桐哉さんは深々と腰かけると、テーブルの上に置いてあった眼鏡を手にしてかけた。
「眼鏡、かけるんですか?」

「ええ」

桐哉さんは、それがごく当たり前だというようにうなずき、編み針がきちんと収められたケースを探る。

「普段はコンタクトですが、編むときだけ眼鏡をかけるんですよ。気合が入る、といえばいいかな。会社モードからの切り替えにはうってつけなんです。どうですか?」

桐哉さんはかぎ針を手にして、眼鏡の奥から切れ長の深いブラウンの混じる秋色の目を細める。少し先の細くなった黒くてふわっとした髪、ふちのない眼鏡がよく似合っていて、なんだがアーティストと向き合っているようだ。

「とてもお似合いです。アーティストのよう」

「それはうれしいな。僕のこの姿を見たことがあるのは結さんだけですから、特別ですよ」

普段の副社長としての桐哉さんも素敵だけど、ニッターとしての桐哉さんも、新鮮でかっこいい。それに、私だけしか知らない桐哉さん……なんだか恋人みたい、とふと思った私は、思わず息を止めてしまった。

そんな、考えすぎだ。私は単なる講師、レッスンをするだけなのだから。

……そうは理性で言ってみても、心はもしかしたら、もしかしたらと期待する上ずった声を上げる。私は妄想のおいたが過ぎる心の中に住む魔女を封印すべく、少しだけ大きな声で言った。
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