紫陽花流しをもう一度
「金魚すくいって、初めてするわ。」

そう呟くと、彼がまたふっと笑った。

「小さい頃しませんでしたか。」

「何だか可哀そうな気がするんだもの、命を弄んでいるように思えて。それに、すぐに死んでしまうって昔お友達が言っていたわ。」

「僕が昔飼っていた出目金は、こうした祭の屋台のものでしたが、十年近く一緒にいてくれました。大切にしていたら生き物はそれに応えてくれるものですよ。」

彼が水面にゆっくりポイを入れ、赤い金魚を一匹すくって器の中にそっと入れた。先刻迄ポイの上で暴れていた金魚がまた尾を振って泳ぎだす。私もポイをそっと入れて金魚に近づいてみるが、皆逃げていく。

「なかなか捕まってくれないものね。」

「桜子さんはお優しいんですよ。欲しいものは欲しいとある程度主張しないと向こうにも伝わりませんよ。」

ほら、と彼が後ろから私の体を包み込むように体を合わせてきた。そうして私の手を取って金魚を追う。

「あの、」

「お静かに。」

彼が囁くようにして言う。私の意識は、もう金魚ではなく彼の温もり、声、息遣いにあった。それにこの近さでやっと分かるほどの、さりげなく仄かに香る木蓮の匂い。

「捕まえた。」

気付けば彼が先ほど捕まえた金魚に似た、同じく赤い金魚が器の中で泳いでいた。屋台のおじさんに袋に入れてもらうと、彼がゆっくり私から離れた。彼と合わさっていた背が熱い。彼と私はお互い金魚の泳ぐ袋を持って未だお囃子で煩い神社から離れた。
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