内実コンブリオ
あいつは身長と声以外、何一つ変わっていやしなかった。
停車すると、扉が開く。
そのあまりにも当たり前な動作の後、何人かが降りた、と思えばその倍の人数が乗り込んだ。
一瞬、余裕ができたかと思ったが、奥へ奥へと詰められた。
スーツを着た、微かに煙草の臭いのするサラリーマンが、自分の前に立った。
ずっと正面を見ているのも気恥ずかしくて俯くと、茶色くて先の尖った革靴が見えた。
あいつは、一体どんな靴を履いていたか。
今日の電車は、何故か全てがあの日に繋がっていく。
今日は何の日だというのだろう。
いつもの位置で電車が揺れた。
と同時に、前に立つサラリーマンが自分の顔の横のあたりで、扉に手をついた。
体がびくついたのは、衝撃が強かったから、きっとそれだけではない。
恐る恐る顔を上げた。
考えてもいなかったのに、まさか、と勝手に脳が反応して相手の顔を確認しろ、と言う。
そして自分の目に映ったのは、眉毛が薄く、鼻の丸い優しそうで全く知らない人の顔だった。
自分でも驚く程に、胸が撫で下ろされた。
唐突に思った。
こんな時に寄り添う人が居たら、よかった。
でも、人を信じにくい心もちらつく。
何だか複雑な気分。
誰かに話したい。
でも、変なことを言って、もう嫌われたくない。
「せん…ぱい…」
今までにない不安に押し潰され、自分も知らない間に、小さく小さくそんなことを呟いていた。