元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
出海君がシンクで洗い物を始めたので、私も覚悟を決めてキッチンに入る。

「何を飲みたいですか」

「希奈さんが飲みたいものでいいですよ」

「……ミルクティー、淹れましょうか」

「いいですね。砂糖なしでお願いします」

「かしこまりました」

昼間に、紅茶の茶葉があることは教えてもらっていた。
貰い物だという、缶入り高級茶葉。

広いとはいえ、キッチンに出海君と立っているということに、どうにも落ち着かない。

「希奈さんは、彼が弾くラフマニノフの2番、聴いたことありますか?」

「……いいえ」

今日黒川ミシェルが弾くのは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
フィギュアスケートにも使われたりして有名な曲だから、私も一応CDは持っているけど、正直それほど好きではない。重すぎて甘すぎて胃もたれしそうな感じがするのだ。

「出海君は、あるんですか?」

「彼も僕も若かった頃に一度。あの頃からどう変わってるのか楽しみです。彼の演奏も、僕の感じ方も」

……その時、
ふっと、
心に何か引っかかった気がした。

……何だろう。

その感覚は、手の平に落ちてきた雪の結晶のように、すぐに消えてしまった。

……まあ、いいか。
ちょうどお湯が沸いたので、深く考えず、お茶淹れに専念することにした。



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