ひとはだの効能
「……そういうことか」

 彼女の姿を求めて走り回ったせいで汗を掻き、熱くなっていた体が、急速に冷えていくのを感じた。

 「前を向きたい」香澄さんがそう言ったのは、大切な人ができたからなんだ。

 そしてそれは、俺じゃない。うすうすわかっていたはずなのに、改めて現実を突きつけられてショックを受けた俺は、その場から動くことができなかった。


「なにやってんだ、俺」

 情けない呟きとともに、自嘲の笑みが漏れる。

「でも……喜んであげなくちゃいけないんだよな」

 自分にそう言い聞かせ、顔を上げる。

 最後に彼女の幸せそうな姿を目に焼き付けようとした時、香澄さんが俺に気づいた。

 花嫁のブーケを手に、大きく目を見開いて俺を見つめている。

 ……香澄さんに姿を見られた。これで菅井さんにまで気づかれたりしたら。

 いたたまれなくなった俺は、踵を返す。


『……遊馬くん!』

 香澄さんに名前を呼ばれたような気もしたが、俺は構わずチャペルのある中庭から逃げ出した。


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