ひとはだの効能
 ホテルの前でタクシーを拾って由比ガ浜に戻り、また店を開けたものの、ほとんど来店はなかった。

 店の中から窓の向こうに目をやると、とっくに陽が落ちて暗くなりはじめた交差点には、車が長い列を作っている。

 皆この後予定があって、恋人との待ち合わせ場所や家族の元へ向かっているんだろう。

 そう思うと、誰もいない店の中で、ただぼんやりとしている自分のことがたまらなく情けなくなった。

 ……今の俺には、嘘のない笑顔でお客様を出迎える自信がない。

 いつもよりだいぶ早いけど、もう今日は店を閉めてしまおう。そう思ってカウンターから出ると、ドアの向こうに立つ人影と……アルの姿が見えた。

「莉乃ちゃん」

「こんばんは遊馬さん。まだ大丈夫ですか?」

「……ああ、もちろん」

 もう今日は笑顔なんて作れそうにない。そう思っていたのに。

 憂いなんて一切感じさせないつぶらな瞳で俺たちを見上げ、パタパタと機嫌よくしっぽを振るアルの姿に、知らぬ間に笑みがこぼれていた。

< 102 / 147 >

この作品をシェア

pagetop