ひとはだの効能
「なんだよそれ」

 他人事なのに、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 相手の男、あまりに身勝手すぎやしないか?

「専務の娘さんがどこかで彼のこと見かけて気に入って、それで話が持ち上がったみたいなんだけど。まあ、もともと上昇志向の強い人だったしね。……断る理由ないよね」

 役員の娘と結婚することで、そいつの将来は確約されたわけだ。……反吐が出そうな話だ。

「ちょっと待って。香澄さんが俺の店担当してるってことは、本社から異動になったんだよね? それってひょっとして……」

「あー、そう。たぶん厄介払い。人事に手回されて、藤沢の支店に飛ばされちゃったの」

 ははは、と頬を人差し指で掻きながら渇いた笑いを浮かべる香澄さんに、何とも言えない気持ちになる。

「……やだ遊馬くん、そんな顔しないでよ」

 香澄さんが言うには、俺は今にも泣きそうな顔をしていたらしい。

 眉間に寄った俺のしわを人差し指で撫でながら、彼女は悲しそうに、笑った。


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