ひとはだの効能
 卵の黄身を絡ませたトーストを口に運びながら、香澄さんが言う。

 祖母が遺してくれた家で香澄さんと一緒に暮らしはじめたばかりの頃は、華奢なわりに朝から旺盛な食欲を見せる香澄さんに正直驚いた。

 妊娠がわかってしばらくは、つわりがあり食欲も低下していた香澄さんだけど、食べられない日々が続いた反動もあるのか、安定期に入った今は、本当に見ていて気持ちがいいほどよく食べる。

 それに今は、日々彼女のために料理を作り、その笑顔を見ることが、俺自身何よりの生きがいになっている。香澄さんの好きそうな料理を見つけてきては、試作しているおかげで、店をオープンさせた頃よりも、ずいぶんとレパートリーも増えた。

 料理に夢中になっている香澄さんに見惚れていると、ふいに鼻先を潮の香りが掠めた。

 顔を上げると、開いたドアの隙間から菅井さんが顔を覗かせている。

「あ……」

 声をかけようと口を開いた俺を見て、菅井さんが慌てて人差し指を口元に立てる。

 どうやら香澄さんのことを驚かせたいらしい。俺は「わかった」と軽く目配せをすると、香澄さんの気を引くために話しかけた。

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