ひとはだの効能
「……助けられただなんて、そんな」

 あの夜、俺と抱き合うことで、俺の知らない何かから香澄さんが解放されたらと願ったのも本当だ。

 でもその実、綺麗事ばかり頭に並べ、俺は香澄さんを利用した。

 昼間見た、幸せそうな二人の姿を消し去りたくて。もう二度と手の届かない存在を忘れたくて。俺は、香澄さんを彼女の代わりにした。

 それはもう、拭いようのない事実だ。

「遊馬くんには感謝してるの、本当に」

 ひたすら感謝の念を向ける香澄さんに、気まずさだけが募っていく。

「だからもう、大丈……」

 香澄さんの言葉はもう半分も頭に入っていなくて、俺は咄嗟に手を伸ばした。掴んだ手首のあまりの細さに一瞬怯む。

「……俺のこと、もっと利用していいよ」

 胸の中に生じた迷いは、言葉で押し切った。

 俺といることで、香澄さんを傷つけたそいつのことをなかったことにできるなら。

「そいつのこと忘れられるまで、俺がそばにいてあげる」

 これは俺なりの罪滅ぼしだ。

 躊躇う暇を与えないよう、俺は香澄さんを胸の中に閉じ込めた。

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