ひとはだの効能
 砂浜で遊ばせてきたばかりらしく、足元が少し砂で汚れている。

「テラス席でよければ構いませんよ。今何か拭くものをお持ちします」
「あ、それなら大丈夫です。こういうときのために持ち歩いてるので。おいで、アル」

 彼女が名前を呼ぶと、アルはのっそりと立ち上がりモップのような尻尾を大きく左右に振った。

「いいこね」
 
 腰につけていたポーチからペット用のウエットタオルを取り出すと、彼女は手際よくその大型犬の足を拭いていった。おとなしいと言っていた通り、アルは彼女にされるがまま、吠えることもなくジッとしている。

「これでいいですか?」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」

 アルの横に屈んだまま、俺を見上げて彼女がにこりと微笑んだ。屈託のない笑顔に視線が惹きつけられる。

 似ている、と思った。もう手の届かないあの子に。

「……すぐにメニューお持ちします」

  そう思った途端、彼女の顔を直視できなくなった俺は、キッチンへと踵を返した。
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