ひとはだの効能
 彼女も、そうだった。

 いつか自分の店を持つのが夢だなんて言っていたくせに、いざハンドドリップの練習をしようという段になって、「私、珈琲が飲めないんです!」とようやく白状した。

『祈ちゃん、珈琲飲めるようになってお客様に珈琲出すんでしょ?』
『はい!』

 いつの日か彼女の夢が叶うよう願っていたから、深夜営業のカフェで、閉店後のEuphoriaで、彼女が珈琲を飲めるようになるまで、俺は根気よくつきあった。

 この三年間、封をして閉じ込めていた記憶が甦る。

「珈琲、飲めるようになりたいの?」
「それは……はい。よく友達におこちゃまだってからかわれるんです。それが嫌で」

 大学の三年生って言ってたから、少なくとも二十歳は越えてるってことか。低めの身長のせいもあってか、確かに実年齢より幼く見える。それで、彼女も余計に気にしてるんだろう。

「それに全く珈琲が飲めないなんて、なんだか人生損してる気がして」
「それは、そうかもしれないね。種類やバリエーションもたくさんあるし、なによりあの味や香りを楽しめないなんて、もったいないかも……」
「そうですよね……」
 しゅんとする彼女に、失敗しては落ち込んでいた祈ちゃんの姿が重なる。

「良かったら、手伝おうか? 珈琲飲めるようになるように」
「本当ですか!?」

 何言ってるんだ、俺は。頭の隅でそう思いつつも、口に出すのを止められなかった。

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