ひとはだの効能
 俺も無言で会釈を返すと、男の背後に下がっていた香澄さんが、一歩前に踏み出した。

「……あら、あなたのワンちゃんだったのね」
「ああ、あなたは確か」

 香澄さんと莉乃ちゃんは、以前店で顔を合わせたことがあるのだ。

 あの時は確か、電話に気を取られたまま店に入ろうとした香澄さんにぶつかって、莉乃ちゃんはしたたか鼻を打った。

「こちらこそ、いつぞやは失礼しました。あなたこそお怪我はありませんでした?」

 香澄さんは男から手を離すと、莉乃ちゃんの顔をのぞき込んだ。

「いえ、私は全然。あの、本当にすみません。普段はもっと大人しい子なんですけど……」

 恐縮する莉乃ちゃんを慰めるように、アルがそっと近寄り、彼女の手のひらをぺロペロと舐める。それに気づいた香澄さんが、また一歩後ずさった。

「こら本間、おまえがそんなふうに怖がってるから、この子もつい吠えちゃったんじゃないの? 不安な気持ちって、動物にも伝わっちゃうんだよ」
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