ひとはだの効能
「そう二人で話してたんです。今日少しお譲り頂いても?」

 香澄さんと一度視線を合わせてから、菅井さんがにこやかに言う。
 微笑み合う様子は、まるで結婚式を間近に控えたカップルのそれだ。

「……ええ、もちろん。気に入っていただいて嬉しいです」

 焦燥を押し隠し、笑みを作る。

 長年接客業に携わってきたおかげで、いつの間にか、感情を表に出さずに笑顔を作れるようになった。こんなことで、このスキルが役に立つとは。

 二人に断ってテーブルに着き、一口コーヒーを含む。なんとか気持ちを落ち着けて、打ち合わせに挑んだ。


「その後どう? 何かいいメニュー浮かんだ?」

 ノートパソコンを触りながら、香澄さんが訊いてくる。

 ただでさえ鎌倉は様々なジャンルの飲食店が軒を連ねているし、他店と重ならないメニューを、と言われてもなかなか難しい。

 苦戦していることを告げた上で、今日試しに作ってみたトゥロンのことを話すと、

「そういうのではダメなんじゃないかな」

 菅井さんに遠慮の欠片もないダメ出しを受けた。
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