亡国の王女と覇王の寵愛
「そう怯えるな。……もう武器は持っていないようだな」
 これ以上何も隠し持ってないのか、身体検査をしたのか。
 短く言い捨てた言葉は、怯えているレスティアを安心させようとした意図があるようには感じられないくらい、冷たく乾いたものだった。
 傲慢な男だ。
 まるで自分のもののようにレスティアを手酷く扱っておいて、彼女が怯えるのを嘲笑うかのような目で見る。   
 悲しみを遥かに凌駕する怒りが沸いてきて、きつい視線で目の前の男に向ける。
 一矢報いたいというような、甘い気持ちではない。
 それは紛れもない殺意。
 襲撃に失敗して、ナイフを取り上げられてしまったのが悔しくてたまらなかった。そんな殺気を帯びた視線を受けて、ジグリットは興味深そうに笑う。
「たおやかな容姿に似合わず、気の強い王女だ。こんな状況でそんな目をした者も、ひとりもいなかった」
 ただ冷酷な色を宿していた彼の目に、今は違う色が宿っている。それはレスティアに対する興味とでもいうべきか。
「いや、元王女だな。もうお前達の国はない。捕虜をどう扱おうと俺の勝手だ」
 憤慨するレスティアをさらに煽るような言葉を口にして、彼は嘲笑を浮かべる。
「イラティ様といい、滅ぼした国の王女を集めて何をしようというの?」
「……それを決めるのはお前達だ。自分に何ができるのか、それを考えろ」
「え?」
「他国に軍を進めた俺に、罪があるだろう。だがもっとも罪深いのは、あの国だ」
 それだけ言うと、彼は立ち去った。
 残されたレスティアは、呆然と立ち尽くす。
(罪? ……滅ぼされた国に何の罪があったというの?)
 両親の仇も果たせず、死ぬことも許されない。
 自分に何ができるのか考えろと彼は言った。
 だがこんな状況で何ができるというのだろう。
「私に何ができるの? 何をさせようとしているの?」
 暗闇に満たされた部屋に、レスティアの困惑した声だけが虚しく響き渡る。
 敵国の王の言葉に耳を傾ける必要などない。
 そう思っても、ジグリットの残した言葉がいつまでも耳から離れなかった。

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