亡国の王女と覇王の寵愛
 レスティアは両手をきつく握り締める。
「……私は」
 ミレンはそんなレスティアを励ますように、優しく笑みを浮かべる。
「いろいろと、レスティア様に報告するように言われたことがあるのですが、直接ジグリット様にお聞きしたほうがいいのかもしれません。陛下は、執務室にいらっしゃいます」
「ええ。ジグリットから聞きたいわ。もっと、話がしたいの。ごめんなさい、失礼します」
 レスティアは立ち上がり、ドレスの裾を少しだけ持ち上げて走り出す。

 レスティアは執務室の前まで来ると、一度だけ深呼吸をした。そうして、ゆっくりと扉を叩く。
「ジグリット? レスティアです」
 そう声をかけると、すぐに扉が開かれた。
 机の上に広がったままの書類が、彼の慌てた様子を示すように散らばって床に落ちる。
「レスティア? 身体は大丈夫なのか?」
「ええ。……少し、お話したいことがあったのです」
 ジグリットは部屋の奥にあるソファーにレスティアを誘導しながら、注意深く様子を観察している。体調は本当に大丈夫なのか。無理はしていないかを、探るように。
 その気遣わしげな視線は、彼の愛情を言葉よりも雄弁にレスティアに伝えてくれた。
(……どうしてこの人の愛を、疑ったりしたのかしら)
 レスティアはソファーに座ると、隣に座ったジグリットを見上げる。
「ミレンに聞くよりも、直接あなたに聞きたいと思ったのです。ディアロスと、イラティ様がどうなったのかを」
「……ああ、そうだな。俺がきちんと話すべきだった」
 ジグリットは少し表情を引き締めて頷き、レスティアの手を握った。
「ふたりは国境近くの川を、泳いで渡ろうとしていたところを兵に発見された。今の時期、川の水は冷たく流れも速い。川幅も広く、そのままでは危険だとすぐに救出を命じた。すでに動けなくなっていたイラティはまもなく救出されたか、ディアロスはそんな状態でもまだ抵抗を続けていた」
 雨が降り、川は少しずつ増水している。救出に向かう兵士も、危うく流されそうになったことが何度かあった。ジグリットは一端兵士を引き上げさせ、ディアロスが自力で向こう岸に辿り着くまで待つことにした。ディアロスだけならば、リステ王国に逃れてもそう大きな問題にはならない。そうして向こう岸に兵士を待機させ、時を待った。
「だがディアロスも、自分だけではどうにもならないとわかっていたのだろう。もう体力も限界だっただろうに、イラティを取り戻そうとして引き返して来た」
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