亡国の王女と覇王の寵愛
「……デイア兄様が、そこまで」
 そのときイラティが保護されていたのは、国境近くにある小さな村だった。
 引き連れていた兵士の大半は、向こう岸でディアロスを待ち構えていたから、その村に居たのはわずかな護衛兵と、体力を消耗してぐったりとした様子のイラティ。そしてジグリットだけだった。
 ディアロスは見張りの兵士を倒して武器を奪うと、イラティとジグリットが滞在していた部屋を襲った。
 幽鬼のような顔白い顔をした彼が剣を構えて乱入してくると、さすがに連れ回されて弱り切ったイラティも怯え、震えていた。
 ジグリットは彼女を庇いながらディアロスと対峙する。
「長い間水に浸かっていたせいで、その時のディアロスはすぐにでも倒れてしまいそうな様子だった。そんな状態でまだ戦う意志を捨てないのは、よほど強い信念のある者でなければ無理だろう」
 ジグリットは今までイラティにもレスティアにも尋ねてきた、あの言葉をディアロスに問いかけたのだ。
 お前は何を望んでいる、と。
「……ディア兄様は、何を望んでいたのでしょうか」
 レスティアは両手をきつく握り締め、ジグリットを見上げる。
 国王と王妃を殺し、革命軍を引き連れて王都を占拠しようとしたディアロス。あのときの彼らの態度から察すると、レスティアも殺されていたかもしれない。もしジグリットが軍を率いてこなければ、あの国はディアロスのものとなっていただろう。
 そんなレスティアの問いに、ジグリットは少しだけ彼女を案じるような目をした。
「ディアロスは、もうかなり前から王国の存在を危ぶんでいた。もう何度も、財政を立て直して国民の負担を減らすようにと、国王に進言し続けていたようだ」
「え……」
 ここでようやく、レスティアは考えつく。
 世間知らずの自分と違い、国王の傍にいて、いろいろな地方を回ったこともあるディアロスがあの国の状況を知らないはずがなかったのだと。
「だがその進言はすべて退けられ、他の貴族達からも余計なことを言うなと釘を刺された。この国はもう駄目だと悟ったと、ディアロスは言った」
 己のことしか考えない、貴族達。
 他国での評判ばかりを気にして、国の威厳を何よりも優先する国王。
 何度目かの進言を退けられた日から、ディアロスは革命軍と接触するようになった。
 レスティアは青ざめた顔で、すがるようにジグリットの手を固く握り締める。
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