イジワル騎士団長の傲慢な求愛
(もう……ダメ……)

横を歩くフェリクスに助けを求めようと手を伸ばす。
けれど、それすらままならないほどに、セシルの体は限界だった。

ふっと意識が薄れ、平衡感覚がなくなる。
足から力が抜け、体全体が重力のままに地面へ吸いつけられていくのを感じた。

「――アデル様!」

フェリクスの珍しく焦った声が耳をつんざく。

同時に、背中にドンと衝撃が走った。
けれどそれは地面に倒れたにしてはやけに優しく、温かななにかに包み込まれているようだった。

ああ、きっとフェリクスが抱き止めてくれたんだ。
でもその感触が線の細いフェリクスにしてはやけに力強いなと、セシルはぼんやりと目を開いた。

「!!」

視界に飛び込んできたものは、見知らぬ男だった。
自分が抱きかかえられていることに気づき、凍りつく。

その男の衣服に縫い込まれた精緻な金刺繍と、濃紺の立派な外套は良家の貴族の証。
腰に差した剣はセシルの扱うものよりずっと太くて長い。これを振るうには相当の鍛錬が必要だろう。

なにより目をみはったのは、その男の白金の髪と、深蒼の瞳。

あの晩、口づけを交わした男の顔がセシルの頭の中に蘇ってきた。
逆光の中、一瞬だけ見えた男の素顔。
それと目の前のこの男の顔が、完全に重なった。
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