イジワル騎士団長の傲慢な求愛
「お父様がフェリクスの話を聞くとは思えない……」

「そうですね。六年前に私の話を聞き入れてもらえたならば、そもそもこんな茶番を演じることにはならなかった」

フェリクスはフッと短く息を吐きながら、窓の外に広がる田畑を眺めた。

すでに馬車は城下町を出て、その周囲を囲む農村にひかれた畦道を走っていた。
車輪がガタガタと音を立て、小石をパチパチと弾いている。

六年前のあの日。伯爵がアデルとセシルの身を入れ替えようだなんて言いだしたとき、周囲の誰もが反対した。
存命だったセシルの母親も、まだ新米政務官だったフェリクスも。
けれど、誰の意見も聞かず、伯爵はその苦肉の策を強行した。

今考えればそんな砂上の楼閣は、すぐさま波にさらわれ崩れ落ちてしまうとわかりきっているのに。

あのとき、伯爵がもっと冷静であったなら、他人の意見に聞く耳を持っていたのなら。
セシルは伯爵家の次女として違った人生を歩んでいただろう。

もしかしたらとっくにどこかの良家へお嫁に行っていたかもしれない。
そうすれば姉だって心置きなく縁談を受け、幸せになれただろうに。

少なくとも、セシルが腰に剣を差し宮廷へ赴くことにはならなかったはずだ。悪徒に襲われることも。

(……仮面の君にも、出会わなくて済んだのに)

叶わぬ恋なら知らなければよかった、今さらながらにそう思う。
セシルが経験した初めての口づけは、今や彼女の心を締めつける足枷にしかならず、まるで永遠に解けない呪いの魔法をかけられたようだった。
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