イジワル騎士団長の傲慢な求愛
セシルは呆然として、まるで真っ黒い絵の具で心が塗りつぶされてしまったかのようだった。なにも考えられない。

ごまかすことも出来ずに、ただふたりが出ていった扉をじっと眺めていると。

「セシル様」

正面の席から不意に名前を呼ばれてセシルはハッと我に返った。

「……本当に美味しいですね、このケーキ。セシル様はあまり召し上がっていないようですが、甘い物はお好きではありませんか?」

ふんわりと笑うルシウスを見て、セシルの胸はうしろめたさに苛まれる。
目の前に夫となる人がいるのに、別の人のことを考えてばかりだ。

「いえ……いただきます」

特別な日にだけ、姉が作ってくれるケーキ。大好きなそれなのに、今日は食欲が進まない。

「……セシル様は小食なのですね」

「い、いえ、そんなことは」

正直、普段のセシルは姉よりもずっと大飯食らいなのに。

「ルシウス様の前なので、緊張してしまって」

慌てて紅茶を喉の奥に流し込みながら、それっぽい理由を取り繕ったセシルに、ルシウスはにっこりと目尻を下げた。

「兄と……ルーファスとなにかありましたか?」

「えっ!?」

「セシル様はわかりやすい方なので」

サッとセシルの顔色が変わる。ぱちぱちと目を瞬き困惑する姿に、ルシウスは失笑した。

「昨晩、兄の部屋で、話し声がしたものですから」

「……聞いてたのですか?」

「いえ、詳しくは。聞かれてはまずいことでも?」

底知れぬルシウスの笑顔に、セシルはドキリとする。
とくに怒っている様子もないが、これは演技だろうか。
彼はいつもニコニコしていて、本心が読み取れない。
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