MAZE ~迷路~
喫茶店を後にした美波は、最初の目的通り、上野の博物館に足を運んだ。
本当は、智を誘って来る予定だったが、昨日の一件もあり、美波は一人で見に来る事にした。敦を誘えば、喜んでついて来てくれることは分かっていたが、敦に悪い気がして誘うのをやめた。
『携帯電話の電源をお切りください。』
入場券売り場に書かれた文字に、美波は手探りで電源を切った。
展示場内は、日本の博物館の典型的な状態で、背の低い美波には、他人の頭や背中を見に来たのか、展示品を見に来たのか分からないような混雑だった。
(・・・・・・・・あ~あ、智がいたら、場所取りしてくれるのに・・・・・・・・)
美波は思いながら、必死に体を前に滑り込ませた。
(・・・・・・・・敦だったら、前の人を掻き分けてでも見えるようにしてくれるのに・・・・・・・・)
一人で来た事を徹底的に後悔しながら、美波は人の海でダイビングするかのように、ゆっくりゆっくりと展示物を見て回った。
人の数倍の時間をかけ、美波が博物館から出てきたのは、太陽が地平線の下に隠れた後だった。疲れきった美波は、携帯の電源を切った事を忘れたまま家路に着いた。
☆☆☆
待てど暮らせど電話をくれない美波に、智は失礼だと思いながらも、美波の家に更に二度も電話をかけた。そんな智に、有紀子は快く『美波から連絡があったら、必ず伝える』と約束してくれた。
実際、今これといった危険が美波の身に降りかかるとは、智自身も思っていなかったが、調べれば調べるほど、不気味な影が美波の上に覆いかぶさっていくような気がしてたまらなかった。そして、もし『敵』と位置づけるべき存在が実在するとしたら、その『敵』は、人の命を奪ったり、放火したりといった事に対して、罪悪感を持たないような、非人間的な存在なのだと智は考え始めていた。
(・・・・・・・・美波、どこに行ったんだ? 携帯の伝言、聞いていないんだろうか?・・・・・・・・)
智は、何度も同じ事を考えては、答えの出ないままに時間を過ごした。
☆☆☆
満員電車で運よく座ることが出来た美波は、心地よい揺れと博物館の疲れが合わさり、いつしか眠りに落ちていった。
夢の中には、いままでずっと忘れようと努力していた、翔悟が現れた。
翔悟も絢子も、別れた時とまったく変らず、美波だけが年を取ったように見えた。
『美波、こっちだよ。』
翔悟が、美波の事を呼んでいた。
『美波、こっちこっち。』
別の方向で、絢子が同じく美波を呼んでいた。
(・・・・・・・・もう、両方で呼んだって体は一つなんだから・・・・・・・・)
美波は考えながら、翔悟の方に手を伸ばした。
『こっちこっち。もうあと少し。』
翔悟は言うと、手を伸ばした。
美波が、翔悟の手を掴もうとした瞬間、蝋が熱で溶けるように翔悟の腕や体が解け始めた。
『美波、こっちだよ。早く手を掴むんだ。』
翔悟の声は、テープをスローで流しているような、トーンの低い、どろどろとした声に変っていた。
「・・・・・・・・!」
美波は、慌てて手を引っ込めた。
『美波、早く逃げて。こっちへ。』
叫ぶような、絢子の声が聞こえた。
「ティンク!」
美波は叫ぶと、絢子の方へと走り出した。
『さあ、早く手を!』
絢子の言葉に、美波は伸ばしかけていた手を引っ込めた。
『どうしたの、美波?』
そう言って振り返った絢子の顔は、ホラー映画に出てくる腐ったゾンビのようだった。
(・・・・・・・・誰か、助けて・・・・・・・・)
美波は意識が遠くなっていくのを感じた。
誰かが、必死に美波の事を揺り起こそうとしていた。
『・・・・・・・・ですよ。お客様、終点ですよ。』
遠くで響いているような声が、初めて言葉として認識できるようになった。
「お客様、終点ですよ。」
慌てて目を開けた美波の前には、心配げに覗き込む車掌の顔があった。
「この電車、車庫に入っちゃうんです。大丈夫ですか?」
思ったより若い車掌は、美波が目を開けたのを確認すると立ち上がった。
「降りられますか?」
車掌は優しく訊くと、美波が持ち物を確認し、ホームに下りるまで一緒にいてくれた。
「上りの電車は階段を渡った隣のホームから発車しますよ。」
丁寧に教えてくれると、車掌は業務に戻っていった。
「終点・・・・・・。」
美波はあきれて呟くと、大きなため息を漏らした。
場所的には、智の家のほうが近かったが、美波は敦に電話した。
「終点まで来ちゃったの。これから、上りの電車に乗るから、途中まで迎えに来てくれる?」
美波が言うと、敦は二言返事で引き受けてくれた。
疲れて痛む足を更に酷使して階段を渡ると、美波は上り電車に駆け込んだ。携帯をしまう直前に、メッセージのマークが点灯したのが気になったが、電車の中で訊くわけにもいかず、美波は電車を降りるまで我慢する事にした。
終点と美波の家の中間地点にある駅までは、十五分ほどののんびりした電車の旅といった雰囲気だった。週末の夜、都心に向かう人は少なく、すれ違う下り電車は息が詰まるほど混み合っていた。
(・・・・・・・・終点についても目が醒めないなんて・・・・・・・・)
美波は考えながら、あの不気味な夢を思い出した。
(・・・・・・・・ティンクと翔悟、違う方向から私を呼んでた。片方は冥界で、片方はこの世界、そういうことなのかしら? 翔悟が死んだなんて。信じたくないけど、ティンクの事とは違って、事実だって理解できる・・・・・・・・)
美波は考えると、乗り過ごさないようにアナウンスに耳を澄ませた。
(・・・・・・・・翔悟、私に気を使わないで、ティンクと幸せになってよかったのに・・・・・・・・)
美波は心の中で呟いた。
美波がそんな事を考えているうちに、電車は駅に止まってドアーを開けた。
(・・・・・・・・いけない、降りなきゃ・・・・・・・・)
美波は、慌てて約束の駅で降りた。
慣れない駅で、美波は看板を頼りに敦に指定された待ち合わせ場所へと急いだ。
☆☆☆
連絡のない美波に、智はとうとう痺れを切らし、美波の家まで行って待つことにした。
念のため、電話を携帯に転送するように設定すると、愛車のルノー5に飛び乗った智は、走り慣れた道を一路、美波の家を目指してスピードを上げた。
勢いに乗ってやって来たものの、智はさすがに家を訪ねる勇気がわかず、家の近くに車を止めて様子を見ることにした。
裏通りに回って見てみたところ、庭に面した美波の部屋の電気はついていなかった。居間で有紀子と過ごす事が多い美波の場合、部屋の明かりはあてにはならなかったが、美波は帰宅したあと部屋で着替えて、電気をつけっぱなしにすることが多かったので、智は美波がまだ帰宅していないと判断した。
(・・・・・・・・こんな時間まで、本当に一人なんだろうか・・・・・・・・)
智は、みっともないと思いながらも、湧き上がる疑いと嫉妬を拭い去る事が出来なかった。
(・・・・・・・・とりあえず、車に戻って待とう・・・・・・・・)
智は考えると、車に戻って美波を待ち始めた。
☆☆☆
「美波!」
荷物を片手に、歩いてくる美波を見つけた敦は、すぐに声をかけて走り寄って来た。
「敦。ありがとう。」
荷物を持ってくれた敦に言うと、美波は疲れた笑顔を浮かべた。
「どうしたんだ、美波らしくないぞ。寝過ごした挙句に終点だなんて。」
敦は言うと、美波を助手席に乗せた。
「なんだか色んな事があって、疲れちゃった。すごく親しかった人が亡くなったって、偶然知って。すごくショックで、なんだか、どうして良いか良く分からないの。」
美波の言葉に、『親しい人』と言うのが誰を指しているのか、敦は知りたい気もしたが、美波の疲れた様子に質問するのを諦めた。
「そうか、そりゃショックだったな。」
敦は言うと、車をゆっくり発進させた。
「ここからは、結構、家まで近いんだよ。すこしゆっくりしてたら、すぐに着くから。」
敦の言葉に、美波は軽く目を閉じた。
敦は美波が休めるように、ゆっくりと静かな運転を心がけた。
『美波、こっちだよ。』
翔悟の声が、美波の事を呼んでいた。
『美波、こっちこっち。』
別の方向で、絢子が同じく美波を呼んでいた。
(・・・・・・・・翔悟、ティンク、どうして・・・・・・・・)
美波は考えながら、翔悟の方に手を伸ばした。
『こっちこっち。もうあと少し。』
翔悟は言うと、手を伸ばした。
美波が、翔悟の手を掴もうとした瞬間、蝋が熱で溶けるように翔悟の腕や体が解け始めた。
『美波、こっちだよ。早く手を掴むんだ。』
翔悟の声は、テープをスローで流しているような、トーンの低い、どろどろとした声に変っていた。
(・・・・・・・・さっきと同じ・・・・・・・・)
美波は、慌てて手を引っ込めた。
『美波、早く逃げて。こっちへ。』
叫ぶような、絢子の声が聞こえた。
「ティンク!」
美波は叫ぶと、絢子の方へと走り出したものの、美波は躊躇して足を止めた。
『さあ、早く手を!』
絢子の言葉に、美波は伸ばしかけていた手を引っ込めた。
『どうしたの、美波?』
そう言う絢子の顔は、まるで腐っているかのようにドロドロと溶けて骨が見え始めた。それでも、絢子はむき出しの骨に溶けた肉がまとわりついたような腕を伸ばして美波の肩をつかんだ。
「いや! 放して!」
美波は言うと、渾身の力を込めてその手を振り払った。夢の中とは思えない、激しい手ごたえを美波は感じた。
「美波、着いたよ。」
敦は驚いた表情を浮かべながら、美波に振り払われた手をさすった。
「ごめん、敦。痛かった?」
美波は慌てて敦の手をとった。
「大丈夫か? なんだか、ただ疲れてるだけじゃない気がするけど・・・・・・。」
敦は言いながら、美波が荷物をまとめるのを手伝ってくれた。
「今日は、早く寝る事にするから。」
美波は精一杯、元気そうに笑って見せると、車のドアーをあけた。
「家まで送っていくよ。」
敦は言うと、車から降りて美波の荷物を持ってくれた。
☆☆☆
本当は、智を誘って来る予定だったが、昨日の一件もあり、美波は一人で見に来る事にした。敦を誘えば、喜んでついて来てくれることは分かっていたが、敦に悪い気がして誘うのをやめた。
『携帯電話の電源をお切りください。』
入場券売り場に書かれた文字に、美波は手探りで電源を切った。
展示場内は、日本の博物館の典型的な状態で、背の低い美波には、他人の頭や背中を見に来たのか、展示品を見に来たのか分からないような混雑だった。
(・・・・・・・・あ~あ、智がいたら、場所取りしてくれるのに・・・・・・・・)
美波は思いながら、必死に体を前に滑り込ませた。
(・・・・・・・・敦だったら、前の人を掻き分けてでも見えるようにしてくれるのに・・・・・・・・)
一人で来た事を徹底的に後悔しながら、美波は人の海でダイビングするかのように、ゆっくりゆっくりと展示物を見て回った。
人の数倍の時間をかけ、美波が博物館から出てきたのは、太陽が地平線の下に隠れた後だった。疲れきった美波は、携帯の電源を切った事を忘れたまま家路に着いた。
☆☆☆
待てど暮らせど電話をくれない美波に、智は失礼だと思いながらも、美波の家に更に二度も電話をかけた。そんな智に、有紀子は快く『美波から連絡があったら、必ず伝える』と約束してくれた。
実際、今これといった危険が美波の身に降りかかるとは、智自身も思っていなかったが、調べれば調べるほど、不気味な影が美波の上に覆いかぶさっていくような気がしてたまらなかった。そして、もし『敵』と位置づけるべき存在が実在するとしたら、その『敵』は、人の命を奪ったり、放火したりといった事に対して、罪悪感を持たないような、非人間的な存在なのだと智は考え始めていた。
(・・・・・・・・美波、どこに行ったんだ? 携帯の伝言、聞いていないんだろうか?・・・・・・・・)
智は、何度も同じ事を考えては、答えの出ないままに時間を過ごした。
☆☆☆
満員電車で運よく座ることが出来た美波は、心地よい揺れと博物館の疲れが合わさり、いつしか眠りに落ちていった。
夢の中には、いままでずっと忘れようと努力していた、翔悟が現れた。
翔悟も絢子も、別れた時とまったく変らず、美波だけが年を取ったように見えた。
『美波、こっちだよ。』
翔悟が、美波の事を呼んでいた。
『美波、こっちこっち。』
別の方向で、絢子が同じく美波を呼んでいた。
(・・・・・・・・もう、両方で呼んだって体は一つなんだから・・・・・・・・)
美波は考えながら、翔悟の方に手を伸ばした。
『こっちこっち。もうあと少し。』
翔悟は言うと、手を伸ばした。
美波が、翔悟の手を掴もうとした瞬間、蝋が熱で溶けるように翔悟の腕や体が解け始めた。
『美波、こっちだよ。早く手を掴むんだ。』
翔悟の声は、テープをスローで流しているような、トーンの低い、どろどろとした声に変っていた。
「・・・・・・・・!」
美波は、慌てて手を引っ込めた。
『美波、早く逃げて。こっちへ。』
叫ぶような、絢子の声が聞こえた。
「ティンク!」
美波は叫ぶと、絢子の方へと走り出した。
『さあ、早く手を!』
絢子の言葉に、美波は伸ばしかけていた手を引っ込めた。
『どうしたの、美波?』
そう言って振り返った絢子の顔は、ホラー映画に出てくる腐ったゾンビのようだった。
(・・・・・・・・誰か、助けて・・・・・・・・)
美波は意識が遠くなっていくのを感じた。
誰かが、必死に美波の事を揺り起こそうとしていた。
『・・・・・・・・ですよ。お客様、終点ですよ。』
遠くで響いているような声が、初めて言葉として認識できるようになった。
「お客様、終点ですよ。」
慌てて目を開けた美波の前には、心配げに覗き込む車掌の顔があった。
「この電車、車庫に入っちゃうんです。大丈夫ですか?」
思ったより若い車掌は、美波が目を開けたのを確認すると立ち上がった。
「降りられますか?」
車掌は優しく訊くと、美波が持ち物を確認し、ホームに下りるまで一緒にいてくれた。
「上りの電車は階段を渡った隣のホームから発車しますよ。」
丁寧に教えてくれると、車掌は業務に戻っていった。
「終点・・・・・・。」
美波はあきれて呟くと、大きなため息を漏らした。
場所的には、智の家のほうが近かったが、美波は敦に電話した。
「終点まで来ちゃったの。これから、上りの電車に乗るから、途中まで迎えに来てくれる?」
美波が言うと、敦は二言返事で引き受けてくれた。
疲れて痛む足を更に酷使して階段を渡ると、美波は上り電車に駆け込んだ。携帯をしまう直前に、メッセージのマークが点灯したのが気になったが、電車の中で訊くわけにもいかず、美波は電車を降りるまで我慢する事にした。
終点と美波の家の中間地点にある駅までは、十五分ほどののんびりした電車の旅といった雰囲気だった。週末の夜、都心に向かう人は少なく、すれ違う下り電車は息が詰まるほど混み合っていた。
(・・・・・・・・終点についても目が醒めないなんて・・・・・・・・)
美波は考えながら、あの不気味な夢を思い出した。
(・・・・・・・・ティンクと翔悟、違う方向から私を呼んでた。片方は冥界で、片方はこの世界、そういうことなのかしら? 翔悟が死んだなんて。信じたくないけど、ティンクの事とは違って、事実だって理解できる・・・・・・・・)
美波は考えると、乗り過ごさないようにアナウンスに耳を澄ませた。
(・・・・・・・・翔悟、私に気を使わないで、ティンクと幸せになってよかったのに・・・・・・・・)
美波は心の中で呟いた。
美波がそんな事を考えているうちに、電車は駅に止まってドアーを開けた。
(・・・・・・・・いけない、降りなきゃ・・・・・・・・)
美波は、慌てて約束の駅で降りた。
慣れない駅で、美波は看板を頼りに敦に指定された待ち合わせ場所へと急いだ。
☆☆☆
連絡のない美波に、智はとうとう痺れを切らし、美波の家まで行って待つことにした。
念のため、電話を携帯に転送するように設定すると、愛車のルノー5に飛び乗った智は、走り慣れた道を一路、美波の家を目指してスピードを上げた。
勢いに乗ってやって来たものの、智はさすがに家を訪ねる勇気がわかず、家の近くに車を止めて様子を見ることにした。
裏通りに回って見てみたところ、庭に面した美波の部屋の電気はついていなかった。居間で有紀子と過ごす事が多い美波の場合、部屋の明かりはあてにはならなかったが、美波は帰宅したあと部屋で着替えて、電気をつけっぱなしにすることが多かったので、智は美波がまだ帰宅していないと判断した。
(・・・・・・・・こんな時間まで、本当に一人なんだろうか・・・・・・・・)
智は、みっともないと思いながらも、湧き上がる疑いと嫉妬を拭い去る事が出来なかった。
(・・・・・・・・とりあえず、車に戻って待とう・・・・・・・・)
智は考えると、車に戻って美波を待ち始めた。
☆☆☆
「美波!」
荷物を片手に、歩いてくる美波を見つけた敦は、すぐに声をかけて走り寄って来た。
「敦。ありがとう。」
荷物を持ってくれた敦に言うと、美波は疲れた笑顔を浮かべた。
「どうしたんだ、美波らしくないぞ。寝過ごした挙句に終点だなんて。」
敦は言うと、美波を助手席に乗せた。
「なんだか色んな事があって、疲れちゃった。すごく親しかった人が亡くなったって、偶然知って。すごくショックで、なんだか、どうして良いか良く分からないの。」
美波の言葉に、『親しい人』と言うのが誰を指しているのか、敦は知りたい気もしたが、美波の疲れた様子に質問するのを諦めた。
「そうか、そりゃショックだったな。」
敦は言うと、車をゆっくり発進させた。
「ここからは、結構、家まで近いんだよ。すこしゆっくりしてたら、すぐに着くから。」
敦の言葉に、美波は軽く目を閉じた。
敦は美波が休めるように、ゆっくりと静かな運転を心がけた。
『美波、こっちだよ。』
翔悟の声が、美波の事を呼んでいた。
『美波、こっちこっち。』
別の方向で、絢子が同じく美波を呼んでいた。
(・・・・・・・・翔悟、ティンク、どうして・・・・・・・・)
美波は考えながら、翔悟の方に手を伸ばした。
『こっちこっち。もうあと少し。』
翔悟は言うと、手を伸ばした。
美波が、翔悟の手を掴もうとした瞬間、蝋が熱で溶けるように翔悟の腕や体が解け始めた。
『美波、こっちだよ。早く手を掴むんだ。』
翔悟の声は、テープをスローで流しているような、トーンの低い、どろどろとした声に変っていた。
(・・・・・・・・さっきと同じ・・・・・・・・)
美波は、慌てて手を引っ込めた。
『美波、早く逃げて。こっちへ。』
叫ぶような、絢子の声が聞こえた。
「ティンク!」
美波は叫ぶと、絢子の方へと走り出したものの、美波は躊躇して足を止めた。
『さあ、早く手を!』
絢子の言葉に、美波は伸ばしかけていた手を引っ込めた。
『どうしたの、美波?』
そう言う絢子の顔は、まるで腐っているかのようにドロドロと溶けて骨が見え始めた。それでも、絢子はむき出しの骨に溶けた肉がまとわりついたような腕を伸ばして美波の肩をつかんだ。
「いや! 放して!」
美波は言うと、渾身の力を込めてその手を振り払った。夢の中とは思えない、激しい手ごたえを美波は感じた。
「美波、着いたよ。」
敦は驚いた表情を浮かべながら、美波に振り払われた手をさすった。
「ごめん、敦。痛かった?」
美波は慌てて敦の手をとった。
「大丈夫か? なんだか、ただ疲れてるだけじゃない気がするけど・・・・・・。」
敦は言いながら、美波が荷物をまとめるのを手伝ってくれた。
「今日は、早く寝る事にするから。」
美波は精一杯、元気そうに笑って見せると、車のドアーをあけた。
「家まで送っていくよ。」
敦は言うと、車から降りて美波の荷物を持ってくれた。
☆☆☆