MAZE ~迷路~
 やっとの事で車を駐車した敦は、腕時計に目をやった。
「五時か・・・・・・。」
 つぶやきながら、敦は美波の携帯電話を鳴らし始めた。すると、今まで繋がらなかった美波の携帯の呼び出し音が鳴り始めた。

(・・・・・・・・自動的に電源が入ったんだ・・・・・・・・)

 敦は考えると、歩きながら、美波の携帯電話を鳴らし続けた。


 病院が近づいてくると、人だかりや、車の出入りが激しくなった。行き交う救急車のサイレンの音が騒々しく、とても静かな日曜の朝とは言えない状況だった。
 何十回目かで、敦が美波の携帯を鳴らすと、『車の移動をお願いします』と書かれた紙をワイパーに挟まれた車の中から、携帯の着信メロディーが聞こえてきた。

(・・・・・・・・確か美波、俺のはミッキーマウスのテーマだって言ってたよな・・・・・・・・)

 聞こえてくるミッキーマウスのテーマに、敦は苦笑しながら電話を切った。すると、車の中から聞こえてくる着信音もぴたりと止まった。

(・・・・・・・・まさか・・・・・・・・)

 敦は考えながら、もう一度、美波の携帯を鳴らし始めた。
 すると、ぴったり同じタイミングで車の中から着信音が聞こえてきた。

(・・・・・・・・試してみる価値はある・・・・・・・・)

 敦は考えると、智の携帯を鳴らした。
『美波、見つかったか?』
 智は開口一番、そう言った。
「智、家の電話から、美波の携帯を呼び出してくれ。」
 敦が言うと、『わかった』とだけ、智は返事をした。
『いま、かけてる。鳴り始めた。』
 智の言葉とシンクするように、車の中から『森の熊さん』の着信音が流れてきた。
「智、美波の携帯を見つけた。ここで張ってたら、美波を連れて行った、栗栖って奴、待ち伏せできる。」
 敦は言うと、智の返事も待たずに電話を切った。

☆☆☆

 やっと病院の前にたどり着いた有紀子と美夜子は、人垣のなかから必死に中の様子を垣間見ようと、人と人の間に体を滑り込ませては、前のほうに進んで行った。
 最前列までたどり着いて見たものの、病院の前は、パトカー、救急車、消防車などにふさがれ、何も見ることができなかった。
「姉さん。」
 有紀子が言うと、美夜子は有紀子の手を取った。

☆☆☆

 テレビでは、わかる限りの患者名と移送先を放送し始めた。報道されている限りでは、院長の死亡が確認されたほかは、他に死傷者はいないようだった。しかし、美波と絢子に関する情報は、何もなかった。
 智は、いらいらする気持ちを抑えながら、テレビのニュースを見続けた。

☆☆☆

 美夜子と有紀子は、集中的に警察官と救急隊員のスキャンを続けていた。

『・・・・・・・・院長の死亡確認。』
『・・・・・・火災確認とれず・・・・・・。』
『・・・・・・患者一命死亡。』
『・・・・・・搬送先が足りないなぁ・・・・・・。』
『・・・・・・爆発するようなものもないのに・・・・・・。』
『・・・・・・なんでこの病院、責任者が誰もいないんだ?』

 スキャンできたのは、距離が遠い事もあり、ごくほんの一部の思考だけだった。それでも、有紀子と美夜子はスキャンを続ける事にした。

☆☆☆

 敦が車の傍で待っていると、一人の男が車に近づいた来た。
「栗栖(くりす)さん?」
 敦が言うと、男は慌てて逃げ出そうとした。
「ちょっと待ってくれ、美波はどうしたんだ?」
 敦が問いかけると、栗栖は顔を引きつらせた。
「俺は何も知らない。俺は、徳恵を助けたかっただけだ。」
「それで、徳恵さんはどうしたんです?」
 栗栖が一人なのを怪訝に思った敦は、関係ないとは思いながらも問いかけた。
「徳恵は、壊れちまったんだよ。俺が、俺が言われた場所に行くと、徳恵にそっくりな彫刻が置いてあった。彫刻だと思ったら、本物だったんだ、徳恵が、徳恵が石になっちまってたんだ。爆発で、粉々に砕けちまった。俺の徳恵が砕けちまったんだ。本当の石みたいに。」
 栗栖は言うと、その場に座り込んだ。
「それで、絢子ちゃんは?」
「あの子は、とっくの昔に植物人間だよ。それがバレないか、冷や冷やだった。」
「美波は?」
「院長と一緒だ。院長が知ってる。」
 そういいながら、だらしなくよだれを垂らして笑う栗栖に、敦は頭を横に振った。
「鍵を貸してくれ、あんたみたいな裏切り者の車に、美波の荷物を置いておきたくない。」
 敦は言うと、乱暴に栗栖のポケットをあさった。車のキーを取り出すと、敦は美波の荷物を運び出した。それから、念のため栗栖の車のナンバーを控えておいた。
 本当は、有紀子たちの所まで栗栖を連れて行きたかった敦だが、あまりの異様な様子に、連れて行くのをあきらめた。
 栗栖の車に鍵をかけると、敦は鍵を栗栖のポケットに戻し、栗栖に背を向けて歩き始めた。

(・・・・・・・・あいつ、完全に頭がおかしいんだ。人間が石になるなんて。でも、本当に絢子ちゃんは、まだ生きていたんだろうか? もし、植物人間だって、生きていたとしたら、あの事件そのものが嘘になって、そうしたら、夛々木君は、もしかして殺されたのか?・・・・・・・・)

 考えていた敦は、睡眠不足で頭が軋むように痛み始めるのを感じた。

(・・・・・・・・とにかく、母さん達に合流しなくちゃ・・・・・・・・)

 敦は考えながら、携帯を取り出した。
「智、美波の携帯と荷物は見つけたんだ。でも、本人はいない。母さん達に合流したら、また、電話する。」
 言いたい事だけ言うと、敦は有無を言わさず電話を切った。

☆☆☆

 じっとテレビのニュースに耳を傾けていた智も、あまりの情報のなさに、苛立ちを抑えるのが大変だった。しかし、テレビはそんな智の想いなど知るはずもなく、民放は思わせぶりな言葉を残しては広告が入り、広告が終わったと思えば、くだらないバラエティー番組が始まるといった繰り返しだった。
 ニュースをはしごしても、結局は院長の死亡と、原因不明の爆発もしくは火災、停電、入院患者の搬送といった、ニュースが始まった時から分かっていることを繰り返すばかりだった。

(・・・・・・・・美波も、病人か、けが人として搬送されたんだろうか?・・・・・・・・)

 智は考えながら、再び搬送先の一覧表示に目を凝らした。入院患者でありながら、名前がわからない人もいるようで、性別と大体の年齢だけで搬送先が表示されている人もいた。

(・・・・・・・・あの身元不明の患者の中にいるのか?・・・・・・・・)

 しかし、美波に該当するような、身元不明の患者は結局のところ一人もいなかった。

(・・・・・・・・美波、どこにいるんだ?・・・・・・・・)

 智は、突然、美波を失ってしまったような失望感と絶望に襲われた。

(・・・・・・・・美波、帰ってきてくれ・・・・・・・・)

 智は俯くと、両手で頭を抱えるようにしてニュースに耳を傾けた。

☆☆☆

 事件に進展がないせいか、早朝からの出来事に疲れてしまったのか、敦が病院の前にたどり着いたときには、人垣は殆ど消えていた。
「母さん。」
 敦は立ち入り禁止のテープに張り付くようにして立っている美夜子を見つけると、声をかけて走りよった。
「敦。」
 美夜子は言うと、敦の手の中の荷物に目をやった。
「見つけたんだ、栗栖って男。でも頭がおかしくなってるみたいで、徳恵さんって言ったっけ、彼女が石になったとか、砕け散ったとか、なんだか訳のわからないことを呟いてた。」
 敦の言葉に、美夜子と有紀子は、すばやく視線を合わせた。
「それで、美波ちゃんの事は何か?」
「美波は、院長と一緒だって、絢子ちゃんも。車の中にあった美波の荷物、返してもらってきた。携帯も服も、置いてあったから。」
 敦は言いながら、美波の携帯電話を見せた。
「どうも、私たちが着く前に、美波ちゃん達は運び出されてしまったようなの。まだ、はっきりした事はわからないんだけれど。」
 美夜子が言うと、有紀子は黙って頷いて見せた。
「敦、一度、家に帰りましょう。」
 美夜子は言うと、有紀子の肩に手をかけた。
「車、こっちだよ。」
 敦は言うと、先に立って歩き始めた。

☆☆☆

 三人の帰りを家で待ったいた智は、美波が一緒でないのを知ると、失望の色を顕にした。
「お母さん、美波は?」
 問いかける智を制すると、敦は美夜子に付き添われ、有紀子が二階に上がっていくのを見送った。
「智、おばさんを少し休ませてあげてくれ。」
 敦の言葉に、智は静かに頷いた。
「俺のほうの収穫といえば、美波のカバンと携帯、それに洋服を回収した事ぐらいかな。栗栖とか言う男、なんだかすっかり頭がいかれちまってて、話にもならなかった。」
 敦は言うと、テーブルの上に美波の荷物を置いた。
「いかれてるって言うと?」
 智は興味をひかれて、問いかけた。少なくとも、智が探していた栗栖万年は、つい去年までずっとカルト宗教団体と臓器売買などの追跡を続けていた、比較的まともな神経の持ち主だった。
「なんかさ、彼女が石になったとか、砕けたとか。オカルト映画みたいな事言ってさ、しかも笑ったままなんだ。不気味だろ。」
 敦の言葉に、智も頷いた。
「それって、事故のせいなのかな?」
「さあ、病院から運ばれてくる患者は、まともに見えたけど。」
 敦は言うと、椅子に腰をおろした。
「この年だと、徹夜はきついな。」
「それを言うなら、お母さんのほうが辛いはずだ。」
 智の言葉に、敦は智が眠っていたのを思い出した。
「智、お前、夕べ部屋で寝てたよな?」
 敦の言葉に、智は敦の言いたい事がすぐにわかった。
「わかったよ、俺が寝ずにこのまま起きてる。」
 智が言うと、敦は満足したように頷いた。
「二時間で良い。」
「了解。」
 智の返事を聞きながら、敦は居間のソファーまで行って横になった。

☆☆☆
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