MAZE ~迷路~
「一族の将として、名誉を受けて生まれたものよ。その血をもって罪を贖うがいい。」
男が言うと、将臣の体は、糸で操られているマリオネットのように、ふらふらと部屋の奥へと進み始めた。
「い、嫌。だめ、お兄さん、駄目よ。」
絢子は叫ぶと、残されている力のすべてを将臣に向けた。
(・・・・・・・・天と地と、すべての命の源の名に於いて、お前を私の守り人に任ずる。・・・・・・消えよ呪縛!・・・・・・・・)
絢子の本能が、いままで一度も使った事のない守護の術を将臣のために唱えさせた。
「まさか・・・・・・。」
男が驚く中、将臣は体の自由を取り戻した。
「絢子から離れろ!」
将臣は言うと、男を突き倒した。
「絢子、逃げろ!」
将臣は言うと、机の上のペーパーナイフを取り上げ、男の首に突きつけた。
「行くんだ、早く。」
将臣は絢子に言いながら、しわくちゃの骨と皮のような男を立ち上がらせた。
「途中まで、一緒に来てもらう。」
将臣は言うと、男を引きずるようにして絢子の方へ進み始めた。
「将臣、逃げられると思うのか?」
政臣は言うと、将臣の事を見つめた。
「一族、最後の預言者の命が惜しいだろ。」
「必ず探し出す。裏切り者は、その贖罪を遂げなくてはならない。」
政臣の言葉がきっかけだったのか、最初から将臣がそう決断していたのか、将臣はペーパーナイフを男の首に突き立てた。
「絢子、逃げて幸せになるんだ。」
将臣の言葉に追い立てられ、絢子は廊下に走り出た。
男の血が、真っ白な白衣の上で黒いシミとなって浮き上がっていた。絢子は何も考えないようにして、必死に階段を駆け下りた。
三階の踊り場を通り抜ける瞬間、絢子は将臣が空を舞っている幻覚を見た気がした。
慌てて窓を開けて外を見ると、男と将臣が、重なるように地面に倒れていた。
(・・・・・・・・お兄さん・・・・・・・・)
絢子の足は、棒になったかのように、動かなくなった。
「絢子、戻ってきなさい。」
あまりに近い政臣の声に、絢子は階上を振り向いた。
将臣の死をなんとも思っていないのか、政臣は微笑んでいるようにも見える、不思議な表情を浮かべていた。
「さあ、振り出しに戻ったよ。私と絢子で、新しい預言者を、救世主を誕生させるんだ。」
政臣は言うと、ゆっくりと踏み出した。
「来ないで。」
そう言いながら階下を見た絢子は、男たちが待ち伏せしているのを感じた。
(・・・・・・・・ごめん、美波。私、もう耐えられない。逃げて、美波。必ず逢いに行くから・・・・・・・・)
絢子は心の中で言うと、ポケットから果物ナイフを取り出した。
「もう、終わりよ。あなたたちは、預言者も、救世主も手に入れることはできないわ。」
絢子は言うと、果物ナイフを自分の胸に突き立てた。慌てた政臣が走り寄るのを目の端に捕らえながら、絢子は踊場の窓を突き破って飛び降りた。
『でも、死ねなかったの。』
冷たい絢子の声を聞きながら、美波は絢子の記憶からはじき出されるようにして、現実の世界に戻って来たのを感じた。
☆☆☆
手持ち無沙汰で、階段に腰を下ろしていた栗栖(くりす)は、人の気配に頭を上げた。
「・・・・・・・・・・。」
そこに立っていたのは、政(かず)臣(おみ)だった。
「久しぶりだな。相変わらず、こそこそと嗅ぎまわって。」
政臣は言うと、白衣のポケットに入れた手を少し動かして見せた。
「武器を持たずに来るほど、馬鹿ではないよ。」
政臣の言葉に、栗栖は息を呑んだ。
「さあ、案内してもらおうか。大切な巫女のところへ。」
見えない武器に威嚇されながら、栗栖はゆっくりと立ち上がった。
「十分、巫女もお別れができただろう。」
政臣は言うと、栗栖の後ろに続いて歩き出した。
☆☆☆
自分の体に戻った美波は、涙があふれて止まらなかった。
(・・・・・・・・ごめんね、ティンク。私、なにも知らなかった・・・・・・・・)
『美波、あいつらは、死ねなかった私をこうして昏睡状態のまま、卵子を取るためだけに生かしてるんだ。もう開放されたい。力を貸して。』
絢子の言葉に、美波は黙って頷いた。
その瞬間、ドアーが開いた。
美波が振り返ると、ドアーのところに栗栖が立っていた。
「栗栖さん、もう時間ですか?」
美波は言うと、涙をぬぐった。
「ティンクは、逃げられないんです。私にできるのは、開放してあげるだけ。」
美波は言いながら、もう一度涙をぬぐった。
『美波、逃げて、この男は!』
「邪魔はしないで貰いたい。」
絢子が叫ぶのと、政臣の声が聞こえたのは、ほとんど同時だった。
姿を現した政臣に、美波の瞳が緑色に光り始めた。
「残念な事に、実験はほとんど失敗なんだよ。絢子の卵子を使った子供は、みんな双子か奇形児で生まれてくる。だから我々は考えたのだよ。それなら、元気な巫女に子供を生ませるべきだってね。」
政臣の言葉に、美波は寒気がするのを感じた。
「栗栖、美波さんを捕まえろ。」
政臣が言うと、栗栖はゆっくりと美波のほうに歩き始めた。
「栗栖さん、どういう事?」
美波は、栗栖の事を見つめた。
「美波さん、悪く思わないでください。この人と取引をしたんです。あなたと引き換えに、徳恵を返して貰うって。」
『そんなの嘘だよ。徳恵さんは、もう、壊れちゃったんだ。』
絢子の声が、美波の頭の中に響き渡った。
「そんなの嘘よ。徳恵さんは、もう、とっくの昔に・・・・・・。」
美波の言葉を政臣が遮った。
「栗栖、お前は一度失敗してるんだ。お前のドジのおかげで、あの翔悟とかいう男にどれだけ手を焼いたと思ってるんだ。」
栗栖は、ポケットから手錠を取り出すと、美波の腕を絢子のベッドにつないだ。
「鍵は、院長が持ってるんだ。悪く思わないでくれ。あんただって、自分の愛するものを助けるためになら、魂だって売るさ。」
栗栖は言うと、政臣の方を振り向いた。
「さあ、約束はここまでだ。俺は、ちゃんとこの娘を連れてきた。さあ、徳恵を返してくれ。」
「古い病棟の霊安室の奥にいる。これが地図だ。」
政臣は言うと、栗栖に地図を手渡した。
「ありがとうよ。」
栗栖は地図をひったくるようにして受け取ると、そのまま部屋から走り出て行った。
『美波、私を置いて逃げて。』
(・・・・・・・・でも、私がここに来た目的は、ティンクを助ける事よ・・・・・・・・)
美波は静かに、心の中で答えた。
「預言者のいない哀れな一族は、一族以外の人間の協力を受けないと、巫女一人まともに捕まえられないの?」
美波は言うと、いままで押さえていた力を解放した。密閉された室内で、立ち上がる蜃気楼のようなオーラが、美波の髪を揺らした。
「すばらしい。君こそ、我々が待っていた巫女だ。」
政臣は言うと、目を輝かせた。
「何人巫女を殺せば気が済むの?」
「救世主が生まれるまでだ。」
政臣は言うと、笑みを浮かべた。
「生憎だわ。私も絢子も、巫女としては二人で一人なのよ。徳恵さんを殺したときから、あなたたちは道を間違えたのよ。」
美波は言うと、政臣をにらみつけた。
「私たちも進歩しているのだよ。分離された君たちの能力をあわせるために、新しい技術を開発した。体細胞クローンのようなものだがね。君と絢子の子供が生まれたら、君たちは二人で一人という運命から逃れる事ができるんだ。」
『美波に手は出させない!』
「これ以上、ティンクに触らせないわ!」
美波と絢子の怒りが爆発したのは、殆ど同時だった。
美波と絢子が発する力の塊は、渦を巻き、天翔る鳳凰のように溶け合って行った。やがて鳳凰は光の玉となり、激しい爆発を引き起こした。
言葉も出ないまま、政臣は吹き飛ばされ、廊下の窓を突き破り、空中に放り出された。それとほぼ同時に、病院のすべての電気が消えた。
『美波、やっぱり、二人って凄いや。』
(・・・・・・・・だから、私たちは二人にならないといけなかったのよ。これからの時代に適応できなくなっちゃうから・・・・・・・・)
『次は、私の番。』
(・・・・・・・・ティンク、私の中に入って、もう一人ぼっちは嫌よ・・・・・・・・)
『やってみる。』
次の瞬間、再び現れた光の塊が、絢子の体を突き抜けた。
まるで、雷に打たれたように、絢子の体に取り付けられていた機械が火を噴き停止した。
『美波!』
絢子の声が頭の中に木霊するなか、美波は意識を失った。
☆☆☆
美夜子が徳恵の失踪事件の話をした後、智は敦に促され、美波と共に近江家の墓を探した事、そこで見知らぬ一団に追いかけられた事などを告白する羽目になった。
「美波が行ったとすれば、近江病院以外に考えられないわ。」
有紀子が言うと、美夜子、敦、智も頷いた。
「智さんは、ここで美波の帰りを待っててもらいたいの。敦ちゃんは、車を出して。」
有紀子の言葉に、敦と智は黙って頷いた。それから敦は立ち上がると、一足先に家を出て行った。
「美波を連れて帰ってくるわ。」
有紀子は言うと、美夜子と一緒に家を後にした。
残された智は、何かに惹かれるようにテレビの電源を入れた。
朝一番の番組が始まるまで、テレビではクラシックをつなぎに流しているようだった。
(・・・・・・・・美波、本当に一人で乗り込んだんだろうか・・・・・・・・)
智は考えながら、少し明るくなった外を見つめた。
(・・・・・・・・美波・・・・・・・・)
やっと始まった番組は、日曜日の早朝のせいか、退屈なものばかりだった。
(・・・・・・・・ここから、どれ位かかるんだろう。夜だから、そんなにかからないのかな?・・・・・・・・)
智がそんな事を考えてると、突然、番組が中断された。
『・・・・・・・・病院で火災が発生したのは、約一時間ほど前の事です。火の手は、病院奥の特別病棟の五階付近から上がったと目撃者は証言しています。未だに、病院内は電力の供給ができない状態で、医療機器のバッテリーが切れる前に、入院患者の移送を行うため、付近一帯から救急車が召集されております。しかし、消防の報告によると、火の手が上がったという目撃証言にもかかわらず、該当する特別病棟の五階付近では、火災があった様子はないとの事です。なぜ病院だけ電力の供給ができないのかなど、不明な点が多く残されていますが、責任者と連絡が取れないため、事実関係の確認が取れていません。』
(・・・・・・・・病院? 火事じゃ大変だな・・・・・・・・)
そんな事を考えながら、智がテレビに目をやると、見覚えのある建物が目に入った。
(・・・・・・・・ここは、まさか?・・・・・・・・)
『繰り返します。近江病院で事故が発生したのは、今から一時間ほど前のことになります。未だ、病院内は停電したままですが、当初の通報にありました火災は、まったく確認できないとの事です。・・・・・・・・・・・・・ただいま、入りました情報によりますと、事故は、火災ではなく、爆発のようだとのことです。火災の発生現場として目撃証言のある特別病棟五階付近は、爆発の衝撃で壁の一部が吹き飛んだ状態で、特別病棟の外で発見された男性の遺体が、近江病院院長の近江政臣氏と確認されたとの事です。繰り返します。近江病院院長の近江政(かず)臣(おみ)氏の死亡が確認されました。』
智は、慌てて敦の携帯を鳴らした。
「敦、病院で事故があって、院長が死んだそうだ。」
智は相手も確認しないまま、一気にそう言った。
『らしいな、近くまで来てるんだけど、付近一帯が交通封鎖されてて、近づけないんだ。おばさんと母さんは、歩いて行った。俺も、車を止めて歩いて行くつもりだ。』
「何かわかったら、知らせる。」
『よろしく。』
それだけ言うと、敦は電話を切った。
智は携帯を置くと、再びニュースを見始めた。
☆☆☆
男が言うと、将臣の体は、糸で操られているマリオネットのように、ふらふらと部屋の奥へと進み始めた。
「い、嫌。だめ、お兄さん、駄目よ。」
絢子は叫ぶと、残されている力のすべてを将臣に向けた。
(・・・・・・・・天と地と、すべての命の源の名に於いて、お前を私の守り人に任ずる。・・・・・・消えよ呪縛!・・・・・・・・)
絢子の本能が、いままで一度も使った事のない守護の術を将臣のために唱えさせた。
「まさか・・・・・・。」
男が驚く中、将臣は体の自由を取り戻した。
「絢子から離れろ!」
将臣は言うと、男を突き倒した。
「絢子、逃げろ!」
将臣は言うと、机の上のペーパーナイフを取り上げ、男の首に突きつけた。
「行くんだ、早く。」
将臣は絢子に言いながら、しわくちゃの骨と皮のような男を立ち上がらせた。
「途中まで、一緒に来てもらう。」
将臣は言うと、男を引きずるようにして絢子の方へ進み始めた。
「将臣、逃げられると思うのか?」
政臣は言うと、将臣の事を見つめた。
「一族、最後の預言者の命が惜しいだろ。」
「必ず探し出す。裏切り者は、その贖罪を遂げなくてはならない。」
政臣の言葉がきっかけだったのか、最初から将臣がそう決断していたのか、将臣はペーパーナイフを男の首に突き立てた。
「絢子、逃げて幸せになるんだ。」
将臣の言葉に追い立てられ、絢子は廊下に走り出た。
男の血が、真っ白な白衣の上で黒いシミとなって浮き上がっていた。絢子は何も考えないようにして、必死に階段を駆け下りた。
三階の踊り場を通り抜ける瞬間、絢子は将臣が空を舞っている幻覚を見た気がした。
慌てて窓を開けて外を見ると、男と将臣が、重なるように地面に倒れていた。
(・・・・・・・・お兄さん・・・・・・・・)
絢子の足は、棒になったかのように、動かなくなった。
「絢子、戻ってきなさい。」
あまりに近い政臣の声に、絢子は階上を振り向いた。
将臣の死をなんとも思っていないのか、政臣は微笑んでいるようにも見える、不思議な表情を浮かべていた。
「さあ、振り出しに戻ったよ。私と絢子で、新しい預言者を、救世主を誕生させるんだ。」
政臣は言うと、ゆっくりと踏み出した。
「来ないで。」
そう言いながら階下を見た絢子は、男たちが待ち伏せしているのを感じた。
(・・・・・・・・ごめん、美波。私、もう耐えられない。逃げて、美波。必ず逢いに行くから・・・・・・・・)
絢子は心の中で言うと、ポケットから果物ナイフを取り出した。
「もう、終わりよ。あなたたちは、預言者も、救世主も手に入れることはできないわ。」
絢子は言うと、果物ナイフを自分の胸に突き立てた。慌てた政臣が走り寄るのを目の端に捕らえながら、絢子は踊場の窓を突き破って飛び降りた。
『でも、死ねなかったの。』
冷たい絢子の声を聞きながら、美波は絢子の記憶からはじき出されるようにして、現実の世界に戻って来たのを感じた。
☆☆☆
手持ち無沙汰で、階段に腰を下ろしていた栗栖(くりす)は、人の気配に頭を上げた。
「・・・・・・・・・・。」
そこに立っていたのは、政(かず)臣(おみ)だった。
「久しぶりだな。相変わらず、こそこそと嗅ぎまわって。」
政臣は言うと、白衣のポケットに入れた手を少し動かして見せた。
「武器を持たずに来るほど、馬鹿ではないよ。」
政臣の言葉に、栗栖は息を呑んだ。
「さあ、案内してもらおうか。大切な巫女のところへ。」
見えない武器に威嚇されながら、栗栖はゆっくりと立ち上がった。
「十分、巫女もお別れができただろう。」
政臣は言うと、栗栖の後ろに続いて歩き出した。
☆☆☆
自分の体に戻った美波は、涙があふれて止まらなかった。
(・・・・・・・・ごめんね、ティンク。私、なにも知らなかった・・・・・・・・)
『美波、あいつらは、死ねなかった私をこうして昏睡状態のまま、卵子を取るためだけに生かしてるんだ。もう開放されたい。力を貸して。』
絢子の言葉に、美波は黙って頷いた。
その瞬間、ドアーが開いた。
美波が振り返ると、ドアーのところに栗栖が立っていた。
「栗栖さん、もう時間ですか?」
美波は言うと、涙をぬぐった。
「ティンクは、逃げられないんです。私にできるのは、開放してあげるだけ。」
美波は言いながら、もう一度涙をぬぐった。
『美波、逃げて、この男は!』
「邪魔はしないで貰いたい。」
絢子が叫ぶのと、政臣の声が聞こえたのは、ほとんど同時だった。
姿を現した政臣に、美波の瞳が緑色に光り始めた。
「残念な事に、実験はほとんど失敗なんだよ。絢子の卵子を使った子供は、みんな双子か奇形児で生まれてくる。だから我々は考えたのだよ。それなら、元気な巫女に子供を生ませるべきだってね。」
政臣の言葉に、美波は寒気がするのを感じた。
「栗栖、美波さんを捕まえろ。」
政臣が言うと、栗栖はゆっくりと美波のほうに歩き始めた。
「栗栖さん、どういう事?」
美波は、栗栖の事を見つめた。
「美波さん、悪く思わないでください。この人と取引をしたんです。あなたと引き換えに、徳恵を返して貰うって。」
『そんなの嘘だよ。徳恵さんは、もう、壊れちゃったんだ。』
絢子の声が、美波の頭の中に響き渡った。
「そんなの嘘よ。徳恵さんは、もう、とっくの昔に・・・・・・。」
美波の言葉を政臣が遮った。
「栗栖、お前は一度失敗してるんだ。お前のドジのおかげで、あの翔悟とかいう男にどれだけ手を焼いたと思ってるんだ。」
栗栖は、ポケットから手錠を取り出すと、美波の腕を絢子のベッドにつないだ。
「鍵は、院長が持ってるんだ。悪く思わないでくれ。あんただって、自分の愛するものを助けるためになら、魂だって売るさ。」
栗栖は言うと、政臣の方を振り向いた。
「さあ、約束はここまでだ。俺は、ちゃんとこの娘を連れてきた。さあ、徳恵を返してくれ。」
「古い病棟の霊安室の奥にいる。これが地図だ。」
政臣は言うと、栗栖に地図を手渡した。
「ありがとうよ。」
栗栖は地図をひったくるようにして受け取ると、そのまま部屋から走り出て行った。
『美波、私を置いて逃げて。』
(・・・・・・・・でも、私がここに来た目的は、ティンクを助ける事よ・・・・・・・・)
美波は静かに、心の中で答えた。
「預言者のいない哀れな一族は、一族以外の人間の協力を受けないと、巫女一人まともに捕まえられないの?」
美波は言うと、いままで押さえていた力を解放した。密閉された室内で、立ち上がる蜃気楼のようなオーラが、美波の髪を揺らした。
「すばらしい。君こそ、我々が待っていた巫女だ。」
政臣は言うと、目を輝かせた。
「何人巫女を殺せば気が済むの?」
「救世主が生まれるまでだ。」
政臣は言うと、笑みを浮かべた。
「生憎だわ。私も絢子も、巫女としては二人で一人なのよ。徳恵さんを殺したときから、あなたたちは道を間違えたのよ。」
美波は言うと、政臣をにらみつけた。
「私たちも進歩しているのだよ。分離された君たちの能力をあわせるために、新しい技術を開発した。体細胞クローンのようなものだがね。君と絢子の子供が生まれたら、君たちは二人で一人という運命から逃れる事ができるんだ。」
『美波に手は出させない!』
「これ以上、ティンクに触らせないわ!」
美波と絢子の怒りが爆発したのは、殆ど同時だった。
美波と絢子が発する力の塊は、渦を巻き、天翔る鳳凰のように溶け合って行った。やがて鳳凰は光の玉となり、激しい爆発を引き起こした。
言葉も出ないまま、政臣は吹き飛ばされ、廊下の窓を突き破り、空中に放り出された。それとほぼ同時に、病院のすべての電気が消えた。
『美波、やっぱり、二人って凄いや。』
(・・・・・・・・だから、私たちは二人にならないといけなかったのよ。これからの時代に適応できなくなっちゃうから・・・・・・・・)
『次は、私の番。』
(・・・・・・・・ティンク、私の中に入って、もう一人ぼっちは嫌よ・・・・・・・・)
『やってみる。』
次の瞬間、再び現れた光の塊が、絢子の体を突き抜けた。
まるで、雷に打たれたように、絢子の体に取り付けられていた機械が火を噴き停止した。
『美波!』
絢子の声が頭の中に木霊するなか、美波は意識を失った。
☆☆☆
美夜子が徳恵の失踪事件の話をした後、智は敦に促され、美波と共に近江家の墓を探した事、そこで見知らぬ一団に追いかけられた事などを告白する羽目になった。
「美波が行ったとすれば、近江病院以外に考えられないわ。」
有紀子が言うと、美夜子、敦、智も頷いた。
「智さんは、ここで美波の帰りを待っててもらいたいの。敦ちゃんは、車を出して。」
有紀子の言葉に、敦と智は黙って頷いた。それから敦は立ち上がると、一足先に家を出て行った。
「美波を連れて帰ってくるわ。」
有紀子は言うと、美夜子と一緒に家を後にした。
残された智は、何かに惹かれるようにテレビの電源を入れた。
朝一番の番組が始まるまで、テレビではクラシックをつなぎに流しているようだった。
(・・・・・・・・美波、本当に一人で乗り込んだんだろうか・・・・・・・・)
智は考えながら、少し明るくなった外を見つめた。
(・・・・・・・・美波・・・・・・・・)
やっと始まった番組は、日曜日の早朝のせいか、退屈なものばかりだった。
(・・・・・・・・ここから、どれ位かかるんだろう。夜だから、そんなにかからないのかな?・・・・・・・・)
智がそんな事を考えてると、突然、番組が中断された。
『・・・・・・・・病院で火災が発生したのは、約一時間ほど前の事です。火の手は、病院奥の特別病棟の五階付近から上がったと目撃者は証言しています。未だに、病院内は電力の供給ができない状態で、医療機器のバッテリーが切れる前に、入院患者の移送を行うため、付近一帯から救急車が召集されております。しかし、消防の報告によると、火の手が上がったという目撃証言にもかかわらず、該当する特別病棟の五階付近では、火災があった様子はないとの事です。なぜ病院だけ電力の供給ができないのかなど、不明な点が多く残されていますが、責任者と連絡が取れないため、事実関係の確認が取れていません。』
(・・・・・・・・病院? 火事じゃ大変だな・・・・・・・・)
そんな事を考えながら、智がテレビに目をやると、見覚えのある建物が目に入った。
(・・・・・・・・ここは、まさか?・・・・・・・・)
『繰り返します。近江病院で事故が発生したのは、今から一時間ほど前のことになります。未だ、病院内は停電したままですが、当初の通報にありました火災は、まったく確認できないとの事です。・・・・・・・・・・・・・ただいま、入りました情報によりますと、事故は、火災ではなく、爆発のようだとのことです。火災の発生現場として目撃証言のある特別病棟五階付近は、爆発の衝撃で壁の一部が吹き飛んだ状態で、特別病棟の外で発見された男性の遺体が、近江病院院長の近江政臣氏と確認されたとの事です。繰り返します。近江病院院長の近江政(かず)臣(おみ)氏の死亡が確認されました。』
智は、慌てて敦の携帯を鳴らした。
「敦、病院で事故があって、院長が死んだそうだ。」
智は相手も確認しないまま、一気にそう言った。
『らしいな、近くまで来てるんだけど、付近一帯が交通封鎖されてて、近づけないんだ。おばさんと母さんは、歩いて行った。俺も、車を止めて歩いて行くつもりだ。』
「何かわかったら、知らせる。」
『よろしく。』
それだけ言うと、敦は電話を切った。
智は携帯を置くと、再びニュースを見始めた。
☆☆☆