英雄は愛のしらべをご所望である
ナイフがスッと柔らかな肉に入っていく。
ウィルは黙って肉を口に運び、ワインを口にした。
「旨いな」
人の目を気にすることなく、好きなように食べる。姿勢だって、マナーだって、誰にとがめられることもない。
それだけでこんなにも美味しく思えるものか。
今までウィル自身、そこまで他者からの評価を気にしてきたつもりはなかった。
騎士を目指したのも、戦場を駆け抜けたのも、ひたすら剣の腕を磨こうとしているのも、全て自分で決めたこと。
誰に何と言われようが、決めたことはとことんやり抜く。
そのことで、馬鹿にされたこともあった。酷い仕打ちにあったことも、はたまた英雄の再来として持て囃されたことも。
けれど、そんなの関係なく、自分の選んだ道を駆け抜けているつもりだった。
しかし、案外気にしていたのかもしれない、とウィルは振り返る。
ここは安全な場所だと身体は正直に理解して、料理の味すら変えてしまった。
セシリアにもう一度感謝を伝えなければな、と考えただけでウィルの表情が緩む。
その時、ウィルはフッとあることに気がついた。
「……この感じ……」
特別な何かがあるわけじゃない。
それでもなぜか、肩から力が抜けていくかんじ。
それはウィル自身を包み込むように優しく温かで、木漏れ日のように心地よい。
そう、これは、リャット村の孤児院にある大きな木の下で、本を読んでいた時の感覚に似ていた。
本を読んでいると、悩んでいたことを一瞬でも忘れられる。
流れる穏やかな時間の中には、必ずセシリアの笑い声や歌声、ハープの音色が側にあった。