英雄は愛のしらべをご所望である
おつかい
雲が空を覆い、昼間だというのに辺りは若干薄暗い。なんだか空気も湿っぽい気がして、セシリアは少しだけ歩くスピードを速めた。


「こんな日に買いに行かせなくてもいいのに」


思わず愚痴をこぼしたセシリアの行き先は、ラルドのお気に入りである菓子店だ。
突如「あの店のマドレーヌが食べたーい」と駄々をこね始めたラルドの、お願いという名の命令を完遂するため、セシリアは足を進める。

王都の中心部にある商店が数多く集まる場所は、いつ来ても賑わっている。色とりどりに飾れた店先は美しく、買い物を楽しむ客達の楽しそうな声が響き渡る。

セシリアが初めて訪れた時は、なかなか興奮が収まらず、ラルドに怒られるまで色々な店を見て回ったものだ。
それも半年経った今では、見慣れた景色になり、見る店も決まってきてしまった。

清潔感のある白壁の建物の前にたどり着いたセシリアは、躊躇することなくドアを開けた。カランカランと可愛らしい音が店内に響く。


「こんにちは。お姉さん、いつものお願いします」
「いらっしゃい。マドレーヌ八個入りね」


買いに来る頻度が多すぎて、もはや菓子店の店員はセシリアが来た時点で箱詰めを始めだす。
それが有難いような、おつかいばかりの自分の現状に虚しくなるような。セシリアはなんとも言えぬ表情で、黙ってお姉さんの作業を見つめていた。


「お待たせしました。ご注文の品です。あっ、新作の蜂蜜ドーナツ入れたから、よかったら食べて感想聞かせて?」
「わぁ! 嬉しい。ありがとうございます」


袋を受け取ったセシリアは、笑みを浮かべ、袋の中身を覗き込む。中にはドーナツが二つ入っている。きっとセシリアとラルドの分だろう。
早く食べたい、と足早に店を出ようとした時、セシリアの視界に黒色が映り込んだ。

「あら、黒き英雄様だわ。素敵ねぇ」とお姉さんの声が耳に届く。セシリアはドクリと胸が大きく跳ねた気がした。
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