英雄は愛のしらべをご所望である
先にセシリアに気づいたのはウィルだった。感情の見えない黒い瞳がセシリアへと向けられる。
その瞬間、セシリアはハッと息をのんだ。鋭かったウィルの目が僅かながら和らいだからだ。

それは微かな変化で、長い間ウィルを見てきたセシリアだからこそ気づいたことでもある。
そんな小さな変化でも否応なしにセシリアの鼓動は速まっていった。

ウィルがリースに耳打ちし、二人が人垣から抜け出してくる。あんなにも囲まれていたというのに簡単に出てきたものだから、セシリアは少し驚いた。

けれど、そう呑気に驚いている時間はなかった。急に動き出した二人を追うようにして、たくさんの視線が二人の行き先へ向かったのだ。
もちろんその先にはセシリアがいる。セシリアは咄嗟に二人に背を向けた。彼女たちの眼差しに込められた感情を想像するだけで居心地が悪かったからである。


「行くぞ」


背後からウィルの声がかかる。そしてそのままセシリアは手首をとられ、引っ張られるようにして駆け出すことになった。

セシリアの前を走るリースは悪戯が成功した子供のようにどこか楽しそうだ。ウィルの表情はセシリアからよく見えないが、セシリアの手から伝わってくるウィルの温もりがとても心地よく、懐かしさすら感じた。

賑わう大通りを人を避けながら走り抜ける。火照った頬の上を冷たい風が滑っていくが、体の熱はなかなか下がらない。

そうしている間にセシリア達は川縁へとたどり着いたのだった。
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