英雄は愛のしらべをご所望である
「……君は、黒き英雄の話をどれくらい知ってる?」
「え?」


唐突な問いかけにセシリアは間抜けな声をあげた。慌てて視線を質問の主であるリースに戻す。
リースは闇に染まった川を見つめていて横顔しか見れず、表情は読めなかった。それでも、先ほどまでの陽気な雰囲気を感じられない。セシリアはごくりと唾をのみこんだ。


「ど、どれくらいと言われると……学校で学んだことはないので、本で知れる程度には、でしょうか」


とはいえ、学校で習った人と比べても知識量は変わらないはずだ。黒き英雄の話は子供用の絵本から大人が楽しめる小説、英雄伝まで、多くの人が気軽に知ることができるくらい身近な存在となっている。


「君にとって黒き英雄ってどんな存在?」


思わずセシリアの身体に力が入る。セシリアは背後に立っているだろうウィルの視線が気になった。

セシリアにとって、黒き英雄の物語は憧れだった。

黒き英雄と言われたアサルド・セルラは、平民出身にも関わらず類い稀な剣術で国を救い、壊滅状態に近かった騎士団を立て直し、爵位まで得た人物だ。
男はその生きざまに憧れ、女はそんな男性との恋に夢を見た。

けれど、セシリアが黒き英雄に惹かれたきっかけは、アサルドを影で支えたとされる女性との恋物語にはまったからだ。
英雄となる前からアサルドの側にいて、戦いの間は無事帰還してくれることをひたすら祈り、英雄となった後は様々な反対の声を跳ね返し結婚した二人の愛の物語に、幼いセシリアはときめいていた。

セシリアが『運命』だのなんだのと言うようになったきっかけかもしれない。

つまり、運命という言葉を嫌うウィルの前で、馬鹿正直に答えることがセシリアにはできないのである。
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