英雄は愛のしらべをご所望である
セシリアは歌い終わるとゆっくり息を吐き出した。リースもウィルもなんら反応を示さない。
さわさわと風で揺れる葉の音がやけにはっきりとセシリアの耳に届いた。
英雄の唄は黒き英雄、アサルドの勇姿を讃える唄だ。けれど、それと同時にアサルドが抱えることになった重い十字架を語る唄でもある、とラルドは言う。
アサルドは戦いを終えるきっかけを作り、ライズ王国を救ってくれた英雄。それは紛れもない事実だ。
だが、多くの血が流れ、失う必要のない命が簡単に消えていった。生活がガラリと変わった。
苦しみから逃れるために始まったはずの戦いは、絶望しか生まない。戦で喜ぶのはごく一部だ。
アサルドもまた称賛され一躍英雄へと祭り上げられたが、憎しみの対象にもなったと聞く。戦を始めたわけでも、好き好んで人を殺めたわけでもないというのに、いつの間にかアサルドは戦の中心人物のような扱いだったそうだ。
ラルドから英雄の唄のもう一つの顔を聞かされた時のセシリアの衝撃は計り知れなかった。それもそうだろう。セシリアにとってアサルドは物語の中の『格好いい黒き英雄様』だったのだから。
百年以上過ぎた今もなお、黒き英雄として語り継がれているのは、アサルドの成し遂げたことの偉大さに加え、彼が人間としても強く勇敢だったからだろう。
数々の苦難の末に手にいれた地位は、紛れもなくアサルド自身の実力で手にしたものだ、とセシリアは思っている。
今だってセシリアはアサルドの生きた人生を断片的にしか知らない。それでも、唄に彼の生き様をのせることができるのなら、もっと知りたい。伝えられるような奏者になりたい、そう強く思う。