英雄は愛のしらべをご所望である
「ふひゃあぁ!」


驚きでセシリアの口から何とも間抜けな声が溢れた。ジンジンと手首に微かな痛みを感じる。


「演奏を聞いたらそれで終わりと約束したはず」


頭から降ってくるのは不機嫌さを隠しもしないウィルの声。
セシリアの手を包んでいたリースの手は、セシリアが勢いよく上へと引っ張られた際に外れてしまった。


「ひゃー、怖い怖い」


手の甲にキスをしようとした体勢から上半身を起こしたリースは、言葉とは裏腹に全くびびっているようには見えず、その場にゆっくりと立ち上がった。
いきなり立たされた上、ぐっとウィルの背に隠されるように手を引かれたセシリアは、動転しながらも恐る恐るウィルの背から様子をうかがう。ヘラリと笑ったリースの顔と眉間に皺を寄せたウィルの顔を見比べると、不穏すぎてセシリアは何も言葉を挟めなかった。


「ふーん……以前会った時は表情一つ変えなくて変なやつだと思ったけれど、こうやって感情を露にすることもあるんだな」


どこか感心したように呟くリースの言葉にウィルは反応を示さない。だからなのか、リースはウィルからセシリアへと視線を戻した。


「まぁ、二人はただの知り合いって訳じゃなさそうだしね」


そう言ってウインクをしてきたリースの姿があまりにも絵になるので、一瞬思考が飛んだセシリアであったが、あることを思いだし我に返る。
リースには幼い頃にセシリアが作ったウィルの唄を聞かれていたのだ。


「あ、あの! あれは子供の頃につくったもので!」


慌てて訂正しようとしたところでリースには届かなかったのだろう。大丈夫大丈夫、と慰めるような温かい眼差しが送られてきた。

実際、あの頃からウィルに対するセシリアの気持ちは変わらないので、訂正も意味をなさないのは確かなのだが、出会ったばかりの人に自分の感情を知られるというのは恥ずかしいものである。
セシリアは何とか誤魔化せないかとウィルの背から身を乗り出そうとして、ウィルに止められた。というより、もう一度引き寄せられた。
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