不器用な僕たちの恋愛事情
撮影が始まり、瀬里は「やるわよ」と耳打ちしてきた。十玖はすぐに理解できず、きょとんとして瀬里を見る。
不機嫌を露わにした顔で高橋のもとに行くと、彼女のスマホを取り上げた。
「何のつもり? さっきから勝手に撮ってるけど、誰の許可取ってるわけ?」
データを出して、瀬里が次々削除していく。
「関係者の身内だから黙っていたけど、あたしたちはこれで稼いでんのよ。勝手に撮られるのは不愉快だわ。十玖の後輩だからってちょっと図に乗ってない?」
メイクをしている時から、高橋が写真を撮っていたのに気が付いていたようだ。
スタジオ内のデータをすべて削除すると、スマホを彼女に返す。
「高橋さん。いくら娘が可愛いからって、道理を弁えてない子を連れて来られたら迷惑だわ。申し訳ないんだけど、彼女をここから出してくれない? でなきゃ今日は終わりにしましょ」
腕を組んで、高橋に対峙する。クライアント相手に全く物怖じしていない。
SERIが気難しいのは、業界でも有名だ。機嫌を直すまで、何日も待たされるのはいつもの事で、それでもSERIの需要は絶えない。
「愛美。外に出ていなさい」
「お父さん!!」
「黙っていう事利きなさい。SERIさん、監督不行き届きで気分を害し済みません」
いい年をした大の男が小娘に頭を下げる。
そんな父親に舌打ちし、高橋はスタジオを出て行った。
「あの子は子供の時からトークくんのファンで、申し訳なかったね」
十玖にも頭を下げると、情けない顔をして「恥ずかしいな」と笑った。
休憩になり、外の空気を吸いに出た十玖を高橋が待ち伏せていた。
想定の範囲内だったので驚きはしなかったが、気分は良くない。
「男嫌いで、気難しいって有名なSERIを味方につけるって、やっぱり先輩って凄いですねぇ」
馴れ馴れしく腕を絡めてくる。十玖は彼女の手を解き、距離を取った。
高橋はふくれっ面をして、十玖を睨んでくる。
「別に彼女は間違ったこと言ってないよ。自分の肖像権を守っただけだし。僕もいい気はしなかった」
「ごめんなさい。すごく嬉しくて、考えてませんでした」
「もおいいよ。データは全部彼女が消してくれたみたいだし」
じわりじわり近付いて来る彼女から、一定の距離を保つ。それが高橋には歯がゆいようだ。
「斉木先輩より、あたしの方が使えると思いませんか? 彼女といたって一文にもなりませんよ?」
しれっと言う。十玖はむっとした。
「損得関係ないから。今回の事だって不本意だ。華子さんの顔を潰さないために受けただけで、自分の為じゃない。勘違いしないで」
今度は高橋がむっとして、十玖に詰め寄った。
「そう言うわりには、SERIといい感じだったじゃないですか! あんな美人と一緒で満更じゃなかったでしょ?」
「あたしの従弟にケンカ売ってんの?」
瀬里が首を鳴らしながら、つかつかと歩いて来る。
「い…とこ?」
「そうよ。イ・ト・コ。馴れ合っちゃいけなかったかしら?」
十玖の首に腕を回し、頬を寄せて意地悪く笑ってみせる。
「せっちゃん、近い」
「うるさいわね。十玖はお黙り。ねえ。この事もSNSにUPする? でも勝手にそんな事したら、訴えちゃうから気を付けてね?」
女王様の微笑みに呑まれて、言葉なく彼女を見る高橋。瀬里は嫌悪の一瞥をくれ、十玖の首を引っ張った。
「撮影始まるから迎えに来たのよ。あたし抜きで楽しい事しないで頂戴」
「楽しくないから」
「ふーん。そうだった?」
悪戯めいた笑顔でちらりと高橋を見ると、すっと視線を外して十玖を引っ張って行く。
高橋はギリギリと唇を噛んだ。
美空より役に立つ。十玖の役に立てると思っていた。
モデルをすれば知名度も上がり、A・Dに貢献できる。SERIと一緒なら尚の事良い。こんなにいい話題はないと思った。確実に、十玖の名前が知れ渡る。
男嫌いのSERIなら間違っても問題は起きないと思っていたが、従姉弟とは予想外だった。しかし十玖を推すにはむしろ好都合だ。
けど彼は不本意だと言った。自分の為じゃないとも。
そんな訳ない。
業界に身を置いていて、売れる事を考えないなんて嘘だ。売れるためにみんな必死で、回ってきた仕事に手あたり次第食らいつく。
すぐに気が付くはずだ。
美空との価値の違いに。
ずっと再会できると信じて、この日を待っていたのに、美空なんかに譲れない。譲る気もない。
*
六月になってすぐ、DUNEの記者会見での事である。
秋冬物のイメージモデルにトークが起用され、そのプロモーションのポスターをバックに「トークはコミュ障だから」とほぼ瀬里がインタビューを引き受けていた。
大体、SERIが男をサポートするなんてあり得ない光景なのに、トークに気を使ってる時点で、当然マスコミは勘ぐった。
「今回のポスター、まるで本当の恋人同士のように、息がピッタリのようで素敵ですが、プライベートでも仲は宜しいんですか?」
「仲? メチャクチャいいですよ。トークとは」
「トークさんが弟の淳弥さんとキッズモデルしていたとの事ですが、それ以来のお付き合いとか?」
「トークさん。例の噂の彼女とはどうなっているんですか!?」
記者会見の内容とは関係ないインタビューの応酬で、十玖はキレる寸前にまで追い込まれていた。
美空とどうなっていようと、あんたらには関係ないだろう、と言う言葉が喉元まで出掛かったが、瀬里が袖を引っ張り目配せした。
「そりゃ仲いいですよ。トークとは従姉弟だし」
「従姉弟なんですか!?」
「そお従姉弟。キッズやってたのだって、うちでスカウトされたんですもん。ただ一か所にじっとしてるのが苦手だから、性分に合わなくてすぐ辞めたみたいですけど。A・Dのライヴを見たことある人なら、言ってる意味分かると思うわ」
いつも所狭しと動き回ってる。
ライヴに来たことのあるインタビュアーは、納得したように笑った。
「A・Dの名前を広く知って貰う、いいチャンスになりますよね?」
「ですね」
気のない返事に、一瞬の沈黙が下りた。見ている筒井はハラハラもんだ。
「あまり嬉しくない?」
「僕はモデルじゃないんで。音楽で認知されなきゃ意味ないです」
無表情で生意気な発言をする十玖に取り付く島はない。
助け舟を出したのは瀬里だ。
「トークは人見知りのコミュ障って言ったじゃないですか。これでよくヴォーカルやってると思うわ」
ケラケラ笑うSERIにつられて、インタビュアーからも笑いが漏れる。筒井は胃が痛くなる思いだ。
「今回のモデルの件も、嫌がるトークに “うん” と言わせるの、ホント苦労したんですから。あたしの名前で這い上がってく気概のあるヤツなら良かったんだけど、トークってば音楽しか興味ないんですもの」
「それが仕事なんだけど」
「何言ってんのよ。アーティストだって俳優やる時代に」
「ジャケット撮影すら一杯一杯なのに」
ぶつぶつ言う十玖の足を抓る。爪が刺さって顔を歪めた十玖に「笑いな」と営業スマイルのSERIに言われ、引き攣った笑いを浮かべた。
「歌っていれば幸せな子だけど、あたしの従弟だけあって、見てくれはイイでしょ?」
「見てくれって…」
「見てくれは大事よ? ねえ?」
SERIの珍しい掛け合いに、会場に笑いが湧く。お陰で、終始和やかにインタビューは終了した。