遠い昔からの物語

千人の女性が一針ずつ玉結びを(こしら)えていく「千人針」は、銃弾除けのお守りとして、出征兵士の必需品だ。

彼の千人針には「四銭(死線)を超える」ということで五銭硬貨と、「九銭(苦戦)を超える」ということで十銭硬貨が、既に縫い付けられていた。彼の母親の手によるものであろう。

もともと、木綿は支那からの輸入で賄っていたから、支那事変が始まってからは早々と品不足になり、今となっては手に入れるのは並大抵のことではない。彼の母親もずいぶん苦労したことだろう。

彼の千人針は、完成すると虎の図柄となるようだ。

昔から「千里を行き、千里を帰る」と云われる虎は、戦にとって縁起物の動物である。

だから、縁起を担いで寅年生まれの女だけは、一針だけではなく、自分の歳の数だけ玉結びを拵えることができた。

< 139 / 230 >

この作品をシェア

pagetop