遠い昔からの物語

「本当に大丈夫ですの……だって、アカの本なんでしょう」

わたしは眉を(ひそ)めた。

彼は初めてムッとした顔をした。

「竹内先生は共産主義者じゃないよ。自由主義者だ」

わたしが、どちらでも同じじゃないの、という顔をしたら、

「共産主義はソ連の考えで、自由主義は米英の考え方さ。女子供や憲兵連中にゃ違いがわからねぇだろうが」

彼にしてはめずらしく、ぞんざいな物云いをした。

「日本はソ連とは中立関係だけど、米英とは戦争中じゃありませんか。そんな国の考えなんて、アカよりなお恐ろしいわ」

わたしは身震いして見せた。

「でも、この前、きみが読んでいた谷崎は、竹内先生の本だぜ」

彼は鬼の首でも取ったかのように、ニヤリと笑った。それを云われると、二の句が告げない。

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