遠い昔からの物語

「そがぁに、はぶてんなや」

間宮中尉が灰皿に煙草をぎゅっと捻(ひね)りつけ、立ち上がった。

座っているときはあまり感じないが、立ち上がられると、六尺近くある上背に圧倒される。

だけど、わたしは五尺とちょっとしかない背丈で、果敢にきっと睨んで云った。

「うちは、ちいーっとも、はぶてとらんけん」

間宮中尉は一瞬、目を見開いたが、すぐに満面の笑みになった。

「やっとおまえの顔がきしゃっと拝めたのう」

わたしは、また俯いた。

間宮中尉は懐手(ふところで)をして近づいてきた。

「裏の溝に蛍がようけおるそうじゃけぇ、見に行かんか」

俯いたわたしの顔を覗き込んで中尉は云った。

「……うち、慣れん汽車でくたぶれたけん、お先に寝(やす)みますけぇ」

うちは蚊帳(かや)の入り口を捲り上げて、さっさと中に入った。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
＊よいと ー やっと
＊はぶてる ー（機嫌を損ねて）拗(す)ねる
＊きしゃっと ー ちゃんと
＊ようけ ー たくさん
< 24 / 230 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop