遠い昔からの物語

「こいこい」の結果は、神谷の薫子(エンゲ)の一人勝ちだった。

生真面目な廣子がいる手前、金を賭けてなくて本当によかった。

先の大戦景気で急成長した貿易商の一人娘である薫子(ゆきこ)は、別に金が入ってこなくても「勝てた」ことだけで大満足し、さっきまでの仏頂面は鳴りを潜め、華やかな笑顔が戻ってきた。

逆に、実家は地元の大地主だが五人兄弟の末っ子で三男坊の神谷は、別に自分が勝ったわけでもないのに、金を賭けてなかったことを歯ぎしりして口惜しがった。

すっかり上機嫌になった薫子は、中食のときも廣子にいろいろと話しかけ、廣子もそれに応じてよく笑っていた。

その後、旅館周辺を散策するから一緒に行かないか、と誘われたが、同じ機に乗る一心同体の相棒とは云え、休暇まで足並みを揃える義理はない。

おれはこの貴重な三日間の賜暇(ほうか)を、廣子と二人きりで過ごしたいのだ。

他の連中が帰省するのにおれは帰らず、廣子の父に偽りを書いてまでここに呼んだのは、そのためだ。

神谷までもが帰省せずに薫子(エンゲ)を呼ぶ、と云ったのは想定外だったが……

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